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53.二度目のお忍び

 次の日。


「おはよう。遅くなってごめんなさい」

「おはようございます。昨晩は遅くまで頑張っていらっしゃいましたし、リーナ様がぐっすり眠れたようで何よりです」

「あ、ありがとう」


 リーナが目を覚ますと、寝室のカーテンの下から差し込んでいる光は真っ白で。

 慌てて少しだけカーテンを開けて外を眺めてみれば、日はいつもより少々高いところまで昇ってしまっていた。


 こんな時間まで眠っているなんて、小屋に暮らしていた頃なら考えられなかった。

 今日はフィリウスと城下町に下りる約束をしているので、ものすごく待たせてしまっているかもしれない。


 というわけで急いで着替えさせてもらったリーナは今、朝食を取っている最中だった。


「そういえばジュリア、昨日の夕食のフライドポテトはどうなったの?」

「ああ、あれでしたら──」

「私が食べた」


 廊下から声が聞こえてきたかと思えば、突然開かれる扉。

 入ってきたのはリーナより少々明るい茶色の髪をした、背の高い男性だった。まるで使用人のような装いをしているけれど──リーナがこの声を誰のものか間違えることはない。


「約束通り食べてくださったのですね」

「全く手を付けていなかったと聞いたぞ。朝食に食べ過ぎたと言っていた分も合わせてという意味であの量が回ってきたと思ったのだが。……その様子だとそもそも食べなかったのか?」

「た、食べ過ぎたからの方であってますっ」


 隣に座ったフィリウスから顔を覗き込まれてしまい「食べたい気分ではなかったことがバレませんように」とひとり心の中で祈る。それから、ジュリアが昨日のことを報告しないようにも祈る。


 せっかくフィリウスが用意してくれたものなのに、そんな身勝手な理由で食べなかったとばれてしまったら──とあとのことを考えてしまう。


 フィリウスはそんなことをする人ではないと、わかっているのに。

 ジュリアが二人分のお茶を用意してくれたので、ひとまず(のど)(うるお)した。


 ここ最近、フィリウスはリーナの向かい側ではなく、隣に座ってばかりになってきている気がする。

 「白い結婚」だと知っているのはリーナたちのほかに国王のベネディクトしかいないので、こうしていた方が夫婦に見えてよいのかもしれない。


「髪、染めたんですか?」

「カツラだ。以前、隠さずに行ったらあの女に絡まれただろう?」

「それはそうですけど……。あっ、そのエーデリアさんって結局、」


 そこまで言いかけて、部屋の中に気まずい沈黙が流れていることに気づく。

 今は廊下に誰の足音も聞こえないし、部屋の中にも関係者しかいないとはいえ、軽々しく口に出してよい話題ではなかったかもしれない。


「それについては後でゆっくり話そう。ほら」


 フィリウスがそう言った時には、いつも朝食を運んできてくれるワゴンの音がすぐ側まで来ていた。




 朝食を終えたリーナはいつも通り、フィリウスに導かれるまま広い敷地の端──馬車の用意されているところまで歩いていく。

 今回もお忍びということで馬車は遠くの方にとまっているのだ。


 ちなみに先ほどまで被っていた茶色いカツラは一旦、袋に入れてカールが持って行ってくれているらしく、馬車の中で被ることにしたらしい。

 「王城の中で変装していても意味がないどころか、今後茶色の髪でもばれてしまうかもしれませんから」とカールに言われて肩を落として預けていたフィリウスのことを、まるで大型犬みたいでかわいいと思ってしまったのは秘密だ。


「昨日の朝よりも寒い気がします」

「そうか。少し待て」


 フィリウスが立ち止まったのに合わせて、リーナもまた立ち止まる。

 彼は上着のボタンを上から次々と外していって、右腕を軽く上げたかと思えば。


 気がついた時には、彼が着ていた上着はリーナの肩にしっかりとかかっていた。

 優しくていい匂いがして幸せ──ではあるのだけれど。


「フィリウスさま! さすがにこれは──」

「君が少々震えていたからかけたまでだ。私までつられて寒くなってしまう。こちらの方はアグリア領より幾分(いくぶん)か暖かいとは聞いているが、やはり君は無理をしすぎだ。やせ我慢(がまん)はよくない」

「してませんっ。アグリア領の方がずっと寒いですから!」

「どうだか。だが、君がこうして寒さに震えられるようになったのは喜ばしいことなのかもしれないな」


 アグリア領がいくら寒かったといっても、最近のリーナはほとんどの時間を暖炉(だんろ)のある城の中で過ごしているから、身体がなまってしまったのかもしれない。

 領地にいた頃は、直しても直してもなぜか壊れてしまう小屋の端の方から入ってくるすきま風に凍えなかった冬はないのだから。


 その流れで今イグノールやセディカ、マリアたちがどうしているか気になりかけたけれど、きっと同じような生活を続けているのだろう。そう思って首を横に振った。




 フィリウスの完璧なエスコートを受けて馬車に乗ったリーナに続いて、彼もまた馬車に乗り込む。

 馬車の中は外ほど寒くなかったので、借りていた上着は座ってすぐにお返しした。


 馬がいなないて馬車が動き出すと、フィリウスは向かいの席に置いてあったトランクをおもむろに手に取り、中からカツラを取り出して(かぶ)る。


「おかしくないだろうか」

「は、はい」


 前に来た時はカツラまでは(かぶ)っていなかった。ということはきっと彼はカツラをつけるのは、はじめてのことなのではないだろうか。

 それなのに慣れた手つきに見えるので、フィリウスはやっぱり何でも器用にこなすタイプなのだと思う。


 けれど、リーナの目にフィリウスが(まぶ)しく映っていたのは、ほんの一瞬のことだった。


「それで、元フィクトゥス伯爵令嬢の話だったか」


 フィリウスの一言に、リーナの心の中まで静かになってしまう。

 心なしか、車輪と馬の足音だけがやけにうるさく聞こえた気がした。


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