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47.ジャガイモとフィリウス

サブタイがジャガイモだらけで本当にすみません…!

物語本編自体ジャガイモの話題だらけではあるのですが、もう少し発想力がほしかったです…。

 翌朝。

 いつも通り目を覚ましたリーナの耳に、聞きなれたノックの音が届く。


「入ってちょうだい」

「失礼いたします」


 いつも通り室内に入ってきたのはジュリアだ。

 昨晩の夕食の時に見せていた暗い表情はどこかに消えているみたいで何よりだと思う。


「おはようございます。リーナ様」

「ジュリア。……これからもよろしくね」

「──もちろんでございます。本日の朝食は殿下がいらっしゃるとのことですよ」


 ベッドから抜け出し、鏡の前に座ると髪を()かしてくれるジュリア。

 昨晩の夕食の場で、ジュリアはリーナの「甘え」を聞いてくれることになって、私的な場ではこれまで通り「リーナ様」という呼び方をしてくれるということになったのだ。


「ドレスはいかがいたしましょう?」

「いかがいたしましょう、とは言っても紫色のものがほとんどなのよね?」


 ジュリアに尋ねてみれば、返ってきたのはリーナが予想もしていない反応だった。

 少々得意げな笑顔を浮かべた彼女の方を振り向いたリーナに、


「リーナ様のおっしゃる通りですが、実は最近他の色のドレスがクローゼットの中にいくつか増えまして……。お持ちいたしましょうか?」

「増えたの? わかったわ。持って来てちょうだい」


 リーナのお願いに頭を下げたジュリアは衣装室へとドレスを取りに行くために退出していった。室内には早朝特有の静けさだけが残される。


 軽く頬に手をあてて考えてみると、リーナにはなんとなく誰がドレスを増やしたのかがわかった気がした。


「ぜったいにフィリウスさま、よね? 『白い結婚』なのにどうして──あっ」


 そこまで口にして、ようやくリーナはフィリウスの真意にたどり着けたように思えた。

 これは形式上はともかくとして、決してリーナへの贈り物ではないのだ。


 フィリウスがリーナに何かを贈る理由なんてそうそうない。

 普通の夫婦が贈り物をするのかはわからないけれど、少なくともまずドレスを贈るとしたら舞踏会のため──ぐらいのはず。


 でも、ジュリアが今から着替えるために持って来てくれるというのだから、舞踏会用のドレスという可能性はまず考えられないわけで。


 となると、考えられるのは──。

 思考の沼にどっぷりと浸かっていたからか、一人で頭の中で色々と考えている間にかなりの時間が経っていたらしく。

 コンコンコンと隣室と廊下を繋げている扉からジュリアがノックする音が響いたことで、リーナの意識も現実に引き戻される。


「ジュリアです。ドレスをお持ちしました」

「ありがとう。入ってきてちょうだい」


 失礼します。──入室してきたジュリアが抱えていたのはベビーブルーを基調としたドレスだった。

 中でも前身頃の部分は特に淡い色の生地が使われており、布の切り替え部分のフリルも繊細(せんさい)でかわいらしい。


「例えばこのようなドレスが増えていたのですが、いかがいたしましょう?」

「素敵ね。それでお願い」

「かしこまりました」


 いつものように着替えさせてくれるジュリア。


 マリアやセディカが着ていたものに比べても豪華ではあるのだけれど、つい最近舞踏会で袖を通したドレスに比べたら見劣りしてしまう。


 そう思うと、このドレスはやっぱり普段着用なのだろう。

 今さらだけど、王族って怖い。


 「白い結婚」なのに新しい着替えを支給してくれるなんて、さすがはフィリウスだ。

 ものすごく優しいし、エーデリアのように勘違いしてしまう人が出てくる理由もわかってしまう気がする。


 アグリア邸の小屋にいた数年間、リーナは新しい服を一着も買ってもらえなかった。アルトが持って来てくれた布を自分で服に仕立て上げて何とかしていた日々。

 それはそれで愛着は持てたとはいえ、大変だったことには変わりないのだ。


「終わりましたよ」

「ありがとう。後でフィリウスさまにもお礼を伝えないと」

「リーナ様、気づいていらっしゃったのですね。時々鈍いところ──いえ、何でもありません」

「ええ。わたしなんかに普段着まで支給してくださるフィリウスさまは本当に優しい方よ」


 リーナが顔を上げた一瞬、鏡の中に映っていたジュリアからは一瞬、表情が抜け落ちているように見えた。


 けれど、再び鏡を(のぞ)き込んでみれば、いつの間にか彼女は笑顔になっていたので、きっとリーナの見間違いだ。


 とにかく、リーナはジュリアから「フィリウスは優しい」という無言の同意が得られたことが、とても誇らしかった。




 隣室に移動したリーナが、復習がてら妃教育でユスティナと読み進めている本をパラパラとめくっていると、廊下の外から聞こえてきた足音が、リーナの部屋の前で止まる。


 ノックの音がすれば、そこからほとんど間をおかずに扉を叩いた主の声が聞こえてくる。


「入るぞ」

「ど、どうぞ!」


 部屋の隅に控えていたジュリアがカチャリ、と扉を開く。


「リーナ?」


 自身の名が呼ばれたことに、フィリウスが室内に入ってきたことを思い出したリーナは、立ち上がって彼の方に向き直るとそのままお辞儀した。


「あ、はいおはようございますフィリウスさま!」

「? おはよう。その様子だと、昨日はよく眠れたようだな」

「はい! とても」


 怪しまれてしまっただろうか。

 いや、リーナとしては別に何も怪しいことなんてしていないのだけれど、どうしても聞かなければならないことがあるのだ。


「フィリウスさま」

「そのドレスを着てくれたのか。──やはりよく似合っている」

「あの、このドレスは」

「君への贈り物だ。受け取ってくれて嬉しい」


 紫水晶の双眸(そうぼう)が細められる。

 やっぱりこのドレスを用意してくれたのはフィリウスだったようだ。


 でも笑顔はずるい。「贈り物」という言い回しだってそうだ。

 うっかり勘違いしてしまいそうだ。


 けれどもし、この気持ちに気づかれてしまったら。リーナの気持ちが伴ってしまったせいで「白い結婚」ではなくなってしまったら。

 そう思うとこの自身の「勘違い」にもとづく感情を伝えるのが得策ではないことは明らかだった。


「食事にしようか」

「はい。今日は何でしょう?」


 フィリウスがいつもの定位置に座るのを待ってからリーナが腰を下ろすと、部屋の外で待機していた使用人たちが次々と料理を運んでくる。


「これは……」

「たまには君の好きなものだけのメニューもよいのではないかと思ってな」


 クロケットにジャガイモのポタージュ。

 ここ最近の朝食がジャガイモだらけになってきているのには、リーナも薄々気づいていた。


 けれど、今日のメニューは飲み物のぶどうジュース以外全部ジャガイモが使われている料理ばかりだ。

 先ほどまで身勝手な理由で心の中で八つ当たりしていたのに、フィリウスに対する好感度がぐぐんと上昇する。


 つくづく都合のいい感情だとリーナ自身も思わなくもないが仕方がない。お腹を壊さないジャガイモほど素晴らしい食べ物はないのだから。


 現にいま、王城の料理人たちが丹精(たんせい)込めて作った最高級のジャガイモ料理たちがリーナの両目を射止めているのがその証拠だと、そう声を大にして言いたい。


「っ! ありがとうございます!」

「──君は見ていて飽きないな」


 五感の全てをジャガイモ料理に注いでいたからか、反応が遅れてしまう。

 顔を上げれば、そこには相変わらず楽しそうな顔をしているフィリウスがいた。


「何かおっしゃいましたか?」

「私はジャガイモに勝てただろうか」

「?」


 突然不思議なことを口走るフィリウス。

 リーナが怪訝(けげん)そうな顔を浮かべたからなのか、彼の表情もまた雲行きが怪しくなりはじめる。


「フィリウスさまがジャガイモに?」

「ああ。ジャガイモに夢中だった君を振り向かせることができたのだ。私の勝利だと思ったのだが」

「っ、ふふ……」

「何が可笑(おか)しい」


 いけない。フィリウスの機嫌を損ねてしまったようだ。

 けれど、ジャガイモと勝ち負けを比べるという子供のような発想も、()ねてしまった彼もかわいいと思ってしまうのだから重症だ。


「すみません。ということはジャガイモ料理ばかりなのは──」


 ジャガイモに勝ちたかったからですか? ──と続けようとしたところでフィリウスがわかりやすく溜め息をついた。

 今度は聞き逃さないよう、目の前の彼の話に耳を傾ける。


「陛下と母上が今日の夕食に君の同席を求めている。だからせめて、朝食はたくさん食べられるように、と」


 唐突に話題を()らすフィリウス。聞かれたくなかったらしい。

 けれどその声には、今しがたリーナが思わず笑ってしまった時とは比べものにならないほどの不機嫌さがこもっていた。



お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、第42話・第43話の内容を変更しております。

ただし、変更前後どちらの内容をお読みになっている場合も続きの内容をお楽しみいただけるようになっております。

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