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41.せめてジャガイモを

 いつもより早く朝食を食べ終えてしまい、途中アルトとすれ違って久しぶりに言葉を交わしこそしたけれど、そのまま早い時間にフィリウスの執務室に到着したリーナ。


 入室してからもいつまで経っても気づく様子のないフィリウスに挨拶すると、彼の反応からして見られたくなかったのであろう紙を、リーナは足下に落ちてきたので拾い上げてつい読み上げてしまったところだ。


「毒入りもリーナ宛ても、どちらも読んで字のごとくだ。実は昨日、君宛てに大量のジャガイモが届いてな……」

「わたし宛て、ですか? あ、こちらお返しします」

「本当は君に知られたくなかったのだが、こうなってしまっては仕方がない。説明するとしよう」


 紙を受け取って机の上に戻したフィリウスは立ち上がると、机の横から回り込んでリーナのもとまでやって来る。

 フィリウスが言うには昨日の夜、舞踏会の後にリーナを部屋まで送ってくれた後、報告があったらしい。


「城の調理場にジャガイモが数箱届いたそうだ。私もこの目で確認しに行ったが、一部緑色に変色しているものも含まれていた。とは言っても、ほとんどは黄色いままだったがな」

「緑色になってしまったものは食べるとお腹を壊してしまいますね。ですが、変色していないものなら──」

「駄目だ」


 期待をこめてリーナが少し前のめりになると、フィリウスはそっぽを向いてしまう。

 それが悔しくて、思わず言葉にも力が入る。


「そこをなんとか! ジャガイモは食べられるために収穫されて来たんですよ!」

「君の言うことにも一理あるが、差出人がわからない。『第二王子妃殿下へ』とは言っているものの相手の思惑も何もわからない今、君にそのジャガイモを出すことはできない。君の命を狙っている可能性もなくはないのだから」

「そう、ですよねごめんなさい」


 言いすぎてしまったことを反省して頭を下げる。


 フィリウスはたとえ相手が『白い結婚』をしているにすぎないかりそめの妻であっても、「どうでもいいから」などと怪しいものを食べさせたりする人ではない。


 とても優しい人なのだ。でも、それでもせめて。


「あの、食べることはしませんからせめて、そのジャガイモを見せてはいただけませんか?」

「そうだな、見る程度ならいいだろう。……カール!」

「はっ!」

「ジャガイモを一つ持って来るように。リーナ宛てのものだから、私の名を出せば一つぐらいは融通(ゆうづう)してもらえるだろう」

「かしこまりました。至急、お持ちいたします」


 そう言い終えると、カールは扉を開いたまま部屋を出ていった。

 足音が聞こえなくなると、フィリウスが口を開く。


「リーナ?」

「失礼いたしましたっ。何でしょう?」

「ずっと立っているのも疲れるだろう。座るといい」


 そう言っていつも妃教育を受ける時にリーナが座っている椅子を指し示すフィリウス。

 「ずっと立っていたままでは疲れる」から。この言葉にはそんな彼の優しさがつまっている。


「ありがとうございます。ですが」

「?」

「あちらの椅子よりも、ここにいたい気持ちなのです」

「……そうか」


 けれど、今だけでも。許されるなら許される限り、少しでも長く、近くに。フィリウスと一緒にいたい。


 婚姻を解消されてアグリア家に帰されたら、またひどい目に遭うことになるのはわかりきっている。

 それならせめて「白い結婚」をしている間だけでも、妻として彼の側にいてもよいのではないだろうか。


 さすがのフィリウスもリーナに下心があるのを知らないようで、そんな彼の優しさにかこつけている自分。とても──。


「そういえばリーナ」

「……」

「リーナ?」

「っ──は、はい!」


 一度目の呼びかけに反応できず、二度目にようやく反応できたリーナは、思わずピンと背筋を伸ばした。


 いけない。自分のことを考えてばかりで、すぐ目の前にいるフィリウスの呼びかけすら聞き落としてしまうなんて。


 もちろん、フィリウスがこの程度で怒るような人ではないということは、これまで一緒に過ごしてきた中で十分思い知らされた。

 でも、だからといって突然の呼びかけに驚かないというわけではないのだ。リーナが思わず背中をまっすぐにしてしまったのも、油断していたからにほかならない。


「いかがなさいましたか?」


 おそるおそる、尋ねてみる。

 けれど、リーナがふとフィリウスの方を見ると、彼はリーナの方ではなく、執務室の扉の向こう側に見える廊下の方をまっすぐ見つめていた。


 いつもならリーナがその紫水晶の瞳を見つめればすぐに反応が返ってくるものなのに、今日は動かない。


 もしかして、先ほどまでの「怒られない」というのはリーナの思い違いで、今日こそ怒られるのだろうか、と思いかけた矢先、フィリウスが次の言葉を(つむ)いだ。


「昨日君の部屋に侵入したエーデリア嬢のことだが」

「──はい?」


 エーデリア。昨日、リーナの部屋に入ってきた元フィクトゥス伯爵令嬢のことで間違いないだろう。

 けれどどうして彼女の名前がいま出てくるのだろうか。フィリウスの言葉を不思議に思ったリーナは首をかしげた。



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