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35.望まざる再会

 リーナがダンスの練習に付き合ってくれたフィリウスにひどいことを言ってしまってから二日。


 ついにリーナの誕生日とデビューを祝う、誕生日パーティーの日がやって来てしまった。

 昼食もとっくに終えていて、もうすぐジュリアがリーナの着替えを手伝いに来てくれる手筈(てはず)になっている。けれど。


 この二日間、リーナはジュリア以外の誰とも会わずに自室の中で過ごした。フィリウスが訪ねてきても、すべてジュリアにお断りしてもらった。


 フィリウスに会ったら一体何を言われてしまうのだろうか? もしかしたら──。


「第二王子妃失格、かしら……。今日のパーティーにはきっと、わたしよりもずっと『マシ』なご令嬢の皆様も集まって来るに違いないわ」


 二日もジュリアや料理を運んできてくれた使用人以外の人と会っていないのだ。

 もしかしたら、もう既にリーナとの婚姻を解消することは既定路線になっているのかもしれない。


 そんな悪い方にばかり想像力が働いてしまったリーナは、行儀が悪いとわかっていながらも靴を脱いでソファの上で縮こまっていた。そこにノックが鳴り響く。


「リーナ様、お着替えのお手伝いに上がりました」

「ジュリア? 入って」

「失礼いたします」


 靴を履いて入室を許可すると、やってきたのはジュリアと──もうひとり、リーナが知らない侍女だった。

 金色の髪を縦ロールに巻き、背も女性としては高い方。ちなみに同じ金髪でも、ジュリアよりも若干色味が濃い気がする。


「リーナ様、まずはお着替えといたしましょう。装いが変われば気分も変わります。今夜のものは特別ですし」

「ええ、ありがとうジュリア……。ところでそちらの方は?」


 ジュリアに尋ねたリーナ。しかし、ジュリアが答えにくそうにしているのを見かねたのか、金髪の女性がみずから一歩進み出てお辞儀した。


「パトリシア王妃殿下の命でリーナ妃殿下のお着替えをお手伝いしに参りました、エーデリアと申します」


 そう言って綺麗な礼を披露する彼女。

 家名こそ名乗っていないけれど、まるでどこかの貴族家のご令嬢のようだ。


 アルトやウェスティンと違って、パトリシアに信頼されている侍女なら平民でもできて当然なのだろう。

 けれど、どこかでこの声を──と思っていると、今度はジュリアが腰を折った。


「それではリーナ様、ドレスをお持ちいたしますので少々お待ちください」

「? いってらっしゃい」


 ジュリアが一礼をして退出していく。


 そういえばジュリアはどうしてドレスを持ってきていなかったのだろう。リーナの中にわずかな違和感が芽生える。

 けれどそれは一瞬のことで、初対面のエーデリアと二人きりという気まずい空気の方が気になってしまった。


 リーナより少し背が高く、容姿も整っている彼女。

 自分よりも綺麗な彼女の方がフィリウスの妻にふさわしいのでは? と勝手に思って傷ついてしまったところに、突然ドスの効いた声が聞こえてきた。


「あのさぁ」

「はい?」


 突然、タメ口で話しかけられて驚いてしまうリーナ。


 もちろん、今この部屋にいるのはリーナ以外には一人しかいない。侍女のエーデリアだ。

 リーナと視線が交わると、彼女は溜め息をついた。


「正直言って、あんた邪魔なんだよね」

「邪魔、とは?」

「まったく自覚がないのね。呆れるわ」


 そう言いながら入口の扉まで歩いていったエーデリアは、部屋の内側から鍵を閉めるとリーナの方を振り返る。

 その顔には醜い笑顔が浮かんでいた。


 けれどそもそも、初対面の人に「邪魔」とか「自覚」とか言われても説明してくれなければ一体何の話をしているのかわからないわけで。

 端的に言って、エーデリアが何を考えているかわからなかった。


「あたしのフィリウスにまとわりついた上に結婚までしたって言わないとわからないのかしら!? 出来損ないにも程がありすぎてデビューもさせてもらえなかったというアグリア辺境伯家の恥晒(はじさら)しが、今さら女性に微塵(みじん)も興味がなかった王子と結婚するなんておかしいでしょ!」


 聞いた限り、エーデリアが言っていることは一点を除いてほとんど正しい。

 けれど少し勘違いが起こっているみたいなので、そこだけは訂正したい。


「わたしもおかしいとは思います。でもまとわりついたというのは──」

「認めたわね! じゃあ今すぐ婚姻関係を解消したらどうなの?」

「それは、……です」


 リーナの返答が聞こえなかったらしく、イライラした態度を隠そうとともしないエーデリア。

 彼女はリーナのもとへスタスタと寄って来ると、ドレスの(えり)を掴んで無理やり立ち上がらせた。


「何? 聞こえないんだけど?」


 その瞬間、目の前のエーデリアに義母のセディカの影が重なる。

 幼い頃の恐怖を思い出して一瞬、足下から崩れ落ちそうになる。


 けれど、ドレスの襟ぐりを掴まれていたせいもあって、床に(ひざ)をつくことはなかった。


「っ。──絶っっっ対に嫌ですっ!」

「はあ? こっちに来なさいよ!」


 声を振り絞ってリーナは自分の身勝手な欲望を口にした。


 たしかに、リーナはフィリウスにとって単に「マシ」なだけなのかもしれない。

 そして容姿は置いておくにしても、それ以外の部分では確実にエーデリアよりもリーナの方が「マシ」なはずだ。というかそう思いたかった。


 リーナが反抗的な態度を取ったからか、一瞬エーデリアが(えり)を握る力を弱めて助かったと思ったのもつかの間。

 リーナはそのままエーデリアに、自分の寝室の方へと引っ張られていく。


 身長の差もあいまって、抵抗もむなしく最終的に寝室の扉へとリーナは背中からそのまま叩きつけられた。


 鈍い音が室内に響く。

 さっきよりも痛い。けれどリーナには、それよりももっと大事なことがあった。


(この扉の向こうはフィリウス殿下のお部屋……!)


 今自身の背中にある扉の向こうには、フィリウスの部屋があるのだ。

 けれど、リーナとフィリウスの関係は「白い結婚」。この扉の向こう側に行ったとなれば、フィリウスに愛想をつかされるのは目に見えている。


 それに、仮にフィリウスから嫌われなかったとしても、婚姻関係は間違いなく解消されるはずだ。


 かといって、それ以外に今リーナが助かる方法はないのも事実。

 というかそもそも、足が動きそうにないのでどっちにしても詰んでいる。


「いいわね。この中にでも閉じ込めてしまいましょうか。後であの女からあたしのドレスを取り返さないとね」


 あたしのドレス。彼女は「フィリウスの妻」という立場に執着(しゅうちゃく)しているのだろうか。

 今回のドレスはフィリウスからの贈り物ではないしいいかも──と一瞬リーナも思いかけてしまった。


 でも、あれはパトリシアはじめ、周囲の皆がリーナを息子(フィリウス)の妻として認めてくれているからこその一着なわけで、やっぱりダメだと思い直す。


「何よ急に黙っちゃって。あら、鍵はここなのねきちんと隠しておけばよかったのに」


 セディカを彷彿(ほうふつ)とさせる笑顔で、扉の鍵を手にしたエーデリア。

 彼女は知らないらしいけれど、この隣はフィリウスの部屋なのだ。


 もし、二人して入ったら、問題になるのは見えている。


 夫婦という建前上隣の部屋で暮らしているだけで、この部屋に入ってもよいとはあの契約のどこにも書いてなかったのだから。

 前回見て見ぬふりをしてくれたのは、あくまでもフィリウスが優しいからで、同じ失敗を二度も繰り返せば、見切られても文句は言えない。


「あの、この扉を開けるのはおすすめしませんよ……」

「は? そう言えば助かると思ってるの?」


 たぶん話が通じないタイプだ。

 リーナがそう判断した瞬間には、彼女はもうすでに鍵で扉を開けてしまっていたタイミングで。リーナもそのまま、開く扉と共にフィリウスの寝室へと背中から倒れ込んでしまう。


 けれどリーナが想像していた衝撃はいつまで経っても来なかった。

 以前もこのようなことがあったような気が……。と思いつつも後ろを振り返ると。


「私の妻が世話になったな、元フィクトゥス伯爵令嬢」


 怒気をそれと気づかれないように交えた声。

 紛れもなく、そこにいたのはフィリウスだった。


 突然現れたフィリウスに、言葉にならない困惑のあまり口を動かしてしまうエーデリア。


「邪魔な虫が入り込んだか」

「む、虫ですって……!?」


 エーデリアが目を大きく見開く。

 けれどそんな放心状態の彼女のもとへと向かったフィリウスは、一瞬のうちに手刀で昏倒(こんとう)させてしまった。

 まるでおとぎ話の魔法か何かのようだ。


 エーデリアが力なく崩れ落ちると、彼女に背を向けたフィリウスはリーナを自身の寝室の隅にある二人掛けソファへと案内してくれた。

 白と空色のストライプ柄の座面に二人で腰を下ろすと、リーナの部屋にあるものよりも若干小さめだからか、フィリウスとの距離もいつもより近く感じた。


「怖かっただろう」

「いいえ、大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「君は悪くない。この女は王城で預かるように指示をしておこう」

「ありがとうございます。ですが──」


 リーナは思い切って、聞いてみたかったことを尋ねる。


「どうしてフィリウス殿下がこちらに?」

「私の部屋にいて何が悪い。私も突然君の部屋から騒音(そうおん)がしたから驚いた。君が無事で何よりだ」


 そう言い終わった刹那(せつな)、フィリウスの腕に包まれたリーナ。

 いつもなら身体が沸騰するはずなのに、今は先ほどまで感じていた恐怖のせいか中和されているらしく、ちょうど心地よく感じられた。


 緊張感が切れると共にリーナの涙腺(るいせん)が崩壊する。

 その涙で服を濡らされてしまってもなお、フィリウスは何も言わずただひたすら、自身の愛する妻が落ち着けるように──その一心で、彼女の背中をさすっていた。


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