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32.妃教育~宝石の選び方~

 妃教育をリーナに施してくれるというユスティナ。

 まずはジュエリー選びから──と彼女に連れられてやって来た部屋でリーナを待っていたのはフィリウスの母、レーゲ王国の現王妃パトリシアだった。


 パトリシアの指示で退出していった侍女が戻って来ると、一緒にやって来たのは。


「ウェスティン。待っていたわ」

「お久しぶりです、王妃殿下。リーナ殿下にヴィカリー公爵夫人も。当店をお引き立ていただき、誠にありがとうございます」


 昨日、リーナがフィリウスと共に行ったドレス店の店長、ウェスティンだ。今日もきっちりとした背広を着ていて、身のこなしも完璧だった。


 そんな彼の後ろにあるのは、大きな箱。

 店員と思わしき男性が侍女と共に台車から下ろすと、ウェスティンが小さく頷いた。


「こちらがリーナ殿下のドレスです。ご確認ください」


 その言葉と共に箱の蓋が持ちあがる。

 中に入っていたドレスは──。


「リーナ殿下?」

「っ、ユスティナ様……すみません。ところで、そちらの方は──」


 さすがにユスティナも公的な場では「お嬢様」呼びはしないつもりらしい。

 リーナがドレスに気を取られて思考停止していた間に、宝石商の男性が入室してきていた。


 背が高く、肩幅の広い壮年の男性。見ようによっては軍人のようにも見える彼もまた、ウェスティン同様に洗練された臣下の礼を取った。


「お初にお目にかかります、リーナ殿下。わたくしめは宝石商を営んでおります、オーネマン子爵家当主、テセウス・オーネマンと申します。以後お見知りおきを」

「リーナ・レーゲンスです。本日はよろしくお願いいたしますね」


 人好きのする笑顔を浮かべたテセウス。

 一瞬だけ見えた年齢のわりに白い歯がまぶしい。きっと健康的な生活を送っているのだろう。


「それでは私はこれで」

「ウェスティン?」


 今来たばかりなのに、もう暇乞(いとまご)いをする理由がわからず、リーナは思わず聞き返してしまった。


「本日はドレスをお届けに上がるだけでしたので。王妃殿下のドレスも既に運ばせております──。それではまた当店のご利用をお待ちしております」


 商品を届けに来ただけなら、それが終わったら退出していくのもおかしな話ではない。

 その後ウェスティンは再び深々と一礼をして部屋を退出していった。


 けれどリーナ以外は特に誰も驚いていない。

 テセウスが苦い顔を浮かべていたけれど、貴族である彼には挨拶をしなかったからだろうか──と理由を考えてみたけれど、腑に落ちない。


 パトリシアもおもむろに再び扇を広げたので、リーナは考えるのを諦めた。


「オーネマン子爵、本日は義娘のために来てくれて感謝しているわ」

「殿下、お気になさらず。先行投資というものですから」


 二人の会話にリーナが内心首を傾げていると、ユスティナがリーナの方を振り向く。


「リーナ殿下、本日のレッスンはアクセサリー選びです」

「アクセサリー選びの、ですか? 先ほどはジュエリーと」

「それも含めてですわ。とても大切なことです」


 リーナは今後──侍女などを除いて──誰の同伴もない状況で宝石やアクセサリーの(たぐい)を購入しなければいけない場面があるだろうとのことらしい。


「じっさいわたくしも婚前、嫁入り後とそうした機会はたくさんありました。王族ともなれば、アクセサリー代も民からあずかった国費から支払われます。中には価値のないものに高値をつける者もおりますから、民の働きを無駄にしないためには知識を身につける必要がございますのよ」

「わかりました。頑張ります──!」


 二人が会話を交わしている間に準備も終わったらしく、テーブルの上にはいくつかの宝石が並べられていた。


「まずは授業の時間ですな。それでは──」




 朝から始まったはじめての講義は、午前の休憩時間に差し掛かるであろうという頃に終わった。

 現在のレーゲ王国の社交界で宝石がどのように扱われているのか。そんな切り口で始まりやがて、価値のある宝石とはどのようなものか、場面に合った装飾品の選び方はどのようなものか──といった話題へ次々と移っていく。


 最終的にテセウスが宝石がどのように生まれるのかを熱っぽく語ろうとしたところで、パトリシアから制止が入ってはじめての授業は終わった。


「申し訳ございません。少々熱が入りすぎてしまったようです。続きは次回といたしましょう」

「次回?」

「年末年始の夜会にはまた、異なるアクセサリー類が必要となりますからね。……それでは商品の方をお出しいたしますので、少々お待ちください」

「こちらは商品ではないのですね」

「はい。先ほども説明しました通り、とてもパーティーに身につける品として殿下方にお出しできる品ではございません。普段使いにはちょうどよいでしょうが」


 見た目通りというか、豪快に笑うテセウス。

 彼が一緒に連れて来た部下にアクセサリーを準備させている間に、リーナは先ほどウェスティンが届けにきたドレスのことを思い出してみる。


 授業が始まって少ししたぐらいにジュリアたち侍女によって運ばれていったドレス。あれに合う宝石はどのようなものだろう?

 そう考えようとしても、すぐフィリウスのことを思い出してしまって、なかなか進まない。


 ──やっぱり色合いが彼の紫水晶の瞳に似すぎていたせいだろうか?

 年末年始の分も似た色合いのものを頼んでしまった。次回の宝石選びのレッスンの時も同じようなことになったらどうしよう。


「先ほどのドレスに合わせるのでしたら──このあたりかと。気になったものがございましたらどうぞ、手に取ってみてください」


 ベロア生地と思わしきクッション張りの箱の中には、いくつかのネックレスが並べられていた。


 テセウスから受け取った白い布手袋を両手につけ、左端のジュエリーをそっと持ちあげてみる。


 リーナがこんなにも近い距離で宝石を見たのは本当に久しぶりのことだった。

 アグリア邸にも宝石の(たぐい)はあったものの、そのほとんどはマリアやセディカのものだったから、リーナは触れることはおろか近くで見ることすら許されていなかったのだ。


 母の形見のサファイアのネックレスもマリアに取られてしまったままだ。

 もし我慢せずにあれを持って来ていたら今お金を使わなくて済んだのだろうか?


 ──そう思ったけれど、並んでいる宝石には見劣りしてしまう気がしたので、リーナは考えるのをやめた。


 それにあれはもうマリアのもの。取り戻したいなどと過去のことでくよくよしていては、フィリウスの迷惑になってしまうだけだ。

 ひとまずジュエリーをもとの場所に戻し、次のネックレスそしてさらに右へと視線を移す。


 その視線が一瞬止まるのを、テセウスは見逃さなかった。


「何か気になるものはございましたか?」

「そう、ですね」

「どうぞ遠慮なくお申し付けください」


(このアメジスト、とても気になるのよね……。けれどドレスといい、これではまるでフィリウス殿下のことを)


 誕生日の夜会当日の、自身の隣に並び立つフィリウスからの言葉を想像してしまったリーナは、自分がだらしない顔になりかけていたことに気づき、頬を叩く。

 そのせいで、部屋の扉が開いたことに気づくのに周囲よりも一拍遅れてしまう。


「母上、叔母上、それにオーネマン子爵。私のリーナを虐めないでいただきたい」

「これはフィリウス殿下。ご無沙汰しております」


 また考え事をしていたリーナが突然の来訪者の正体に気がついたのは、椅子から立ち上がったテセウスが彼に向かって臣下の礼を取っているところだった。


 腰から上だけをフィリウスの方へとねじり、そのまま顔を上げる。

 リーナの目に映ったのは、彼の穏やかな笑顔だった。


「フィリウス、お前はまだ仕事中でしょう? 昨日もドレスを作るために出歩いたと言っていましたが、今日も休むつもりかしら? ドレスはわたくしが用意するから気にする必要はないと伝えておいたはずよ」

「母上だけにリーナ嬢の面倒を見させるわけにはいきませんので」

「ユスティナもいるでしょう? それに──まあいいでしょう。リーナがどれを選ぶべきか困っているから、手伝ってあげなさい」

「言われなくとも。叔母上、オーネマン子爵。失礼する」


 テセウスから白い手袋を受け取ったフィリウスはローテーブルの角、ソファのない一角で腰を折ってしばらく箱の中のジュエリーたちを見つめたかと思えば、すぐにその中の一つを指さした。


「これで」

「──!」

「おや、さすがは夫婦ですな」


 楽しそうに再び豪快な笑い声をあげたテセウス。

 けれど、リーナは気になっていた宝石をフィリウスが指してくれたことに破顔(はがん)できず、それどころか目をぎゅっと閉じて顔を隠してしまった。


 とても熱い。額に当たった手の感触がいつもと違うことに気づいて手袋はすぐに外したけれど、手は顔から離せなかった。


 だって、彼が選んだのはリーナが気になっていたアメジストで。

 まさかフィリウスが自分と同じものを選ぶとは思わなかったのだから。


「リーナ嬢?」

「な、何でもないです!」

「危険を感じたら逃げろと言っただろう? 無理だけはするな」


 フィリウスの足音と声が、リーナの右側へと移動する。

 顔は隠したい。けれど、欲張りなリーナはフィリウスの顔を見たいと思って指の間から彼の方をちらりと覗いてしまう。


「また後で」

「~~~~!」


 まさか自身の髪に口づけを落とされるとは思ってもいなかったリーナの顔は、あっという間に手を温めて()れたりんごのように真っ赤になってしまった。


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