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24.同じ部屋での朝食ふたたび

 翌朝。

 今日も今日とてジュリアに着替えさせてもらったリーナは、そのまま隣室でいつも通り朝食をとることになった──のだけれど。


「おはよう。リーナ嬢」

「お、おはようございます殿下」


 ジュリアに扉を開けてもらうとまだ朝早いというのに、いつもの場所にフィリウスが座っていた。

 まさか今日もフィリウスが来ているとは思わなかった。


 ジュリアはドレスを取りに行く時にこの部屋を通っているわけで。

 そのうえ、フィリウスは誰の返事も聞かずにリーナの部屋に入ってくる人ではない──とすると少なくともジュリアは知っていたのかも……。


 疑いのかかったジュリアにリーナが視線を向けてみれば、彼女はすまし顔でお辞儀をした。


 やはり、わざとなのだろう。そもそも、リーナが振り向いただけでお辞儀をしなければいけない理由なんて、ないはずなのだから。


「今日もいらっしゃったのですか?」

「不満か?」

「いいえ。ですが」

「君も座るといい。もうすぐ食事が来るだろう」

「そう、ですね。それではお言葉に甘えて」


 今日はフィリウスが座っている隣、二人掛けソファの開いているスペースにリーナはゆっくりと腰を下ろした。

 一昨日とは違って自然とフィリウスのそばに座ってしまったけれど、婚姻契約書を書く時も並んで座ったのだから問題はないはずだ。


 リーナの行動に一瞬驚きの表情を浮かべたフィリウスは、けれど次の瞬間には笑顔に変わっていた。


「ところで、先ほど何を言いかけた?」

「その、殿下は夕食を国王陛下や王妃殿下と一緒に取っていらっしゃるのか気になってしまいまして」


 以前フィリウスが言っていた「王族も家族が一堂に会して食事を取る」という話が本当なら、今の状況はとてもよいものとは言えないだろう。


 昨日は夕方に眠ってしまうこともなかったのだから。


「取っていなかったら問題か?」

「以前、家族で共に食事を取るとおっしゃっていたような気がして」

「その話なら心配しなくてもいい」

「ということは、夕食はご一緒に?」

「君と共にこの城に帰ってきた日の夜まではな」

「何かあったのですか? わたしでよければお話を聞かせていただけませんか?」


 もしかしなくても、リーナのせいでフィリウスは家族から爪弾(つまはじ)きにされてしまったのではないだろうか?

 リーナの頭の中に、そんな不安がよぎる。


「そうだな……。君にも関わることだから、君も聞いておく権利があるだろう」

「わたしに?」

「そうだ。国王陛下も母上も、君とゆっくり話がしたいらしくてな」

「それは……恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます」


 リーナは感謝の言葉を述べたはずなのに、返ってきたのはフィリウスが軽く吹きだす音。


 真剣に喜びを伝えたつもりなのに、それをないがしろにされた気分になったリーナは思わず、明後日の方向を見てしまう。

 そこに、外からノックの音が聞こえると、よそ事を考えて上の空になってしまっていたリーナは視線をそのままに「どうぞ」と言ってしまった。


「失礼いたします。お料理をお持ち、いたし……ました……」

「皆、リーナ嬢のことは気にせず準備してくれ」


 隣からフィリウスの声が聞こえてきたような気がするけれど、今はあやまってほしいだけで。


 そこまで考えて、リーナはまた自分の心の中がよくない考えでいっぱいになっていることに気づく。


 こんな考え方をしていては、フィリウスに嫌われたり婚姻をなかったことにされたりしても文句は言えない。

 明後日の方を振り向いていたリーナは一気にフィリウスの方へと向き直る。


「あの! その!」

「リーナ嬢?」

「ごめんなさい。わたし、殿下にひどいことをしてしまいました……!」


 自分がやってしまった時は謝るのが一番。それはアグリア邸での長年の経験からリーナが身につけた感覚だ。

 セディカから何度も怒られ、時にはひどいこともされたのだから当然といえば当然のことだった。


 たとえリーナのせいではなかったとしても、謝らなければ痛い思いをすることになるのだから、自分がやってしまったのならなおさらだ。


「? 何を言っている」

「その、怒ってはいないのですか?」

「怒る? どうして私が君に怒る必要がある?」

「でしたら、わたしの勘違いですね。申し訳ございません」

「しいていえば、君のことを独占したいと思っている自分に憤慨(ふんがい)しているというかだな……」

「はい?」


 今、よくわからない言語が聞こえた気がした。

 人を独占するというのがどういうことなのか、人間関係が希薄(きはく)なリーナにはわからない。


 けれど、フィリウスの様子からして、彼はそれがあまりよくないことだと思っているのだと──それだけはなんとなく、理解できた。


「食事が冷めてしまう。食べようか」

「あっ……はい」


 そこでようやく、自分が使用人たちの前で恥ずかしいことを言っていたことに思い至ったリーナ。


 熱々のスープと恥ずかしさ。身体が帯びた熱がどちらのせいなのか、リーナには見当もつかなかった。




 ♢♢♢




 食事を終えた二人はいつも通り、共にフィリウスの執務室へ向かう。

 今日からリーナはそこで妃教育を受けることになっていた。


 人が行きかう王城の廊下。

 王城勤めの者たちが、そこを並んで歩く二人に頭を下げながらも生暖かい視線を向けていることに、その視線を向けられている当人たちは気づかない。


「殿下のお役に立てるよう、頑張ります」

「ああ。ひとまず寝込まないぐらいに頑張ってくれ」

「ぜ、善処します……!」


 やがて二人は執務室に到着すると、それぞれの定位置に座る。

 もちろん今日のリーナの席は昨日同様に、高級感の漂う椅子だ。


 けれど、いくら待ってもリーナの教育を担当してくれるというヴィカリー公爵夫人はやって来ない。


 かわりに聞こえてきたのは、誰かが廊下を走って来る音。

 その誰かが執務室に入ってくると、リーナがその人物を視界に収めるよりも先にフィリウスがその名を呼んだ。


「カール、そんなに急いでどうした?」

「おはようございます、殿下。急ぎというわけではないのですが、妃殿下のためにも早めにお伝えした方がいいと思いまして」


 かなり焦ってここまでやって来たのか、それだけ伝えたカールは息切れを起こす。


 けれど、リーナに早く伝えた方がいいこととは何なのだろう。悪いこと、だろうか。

 とはいえそんなことを考えても意味がないし、目の前に今から教えてくれるという(カール)がいるのだから、待つのが一番だ。


 やがて調子を取り戻したらしいカールが息を吸う。


「リーナ妃殿下。殿下の教育係を拝命していらっしゃいますヴィカリー公爵夫人ですが、本日も大事を取ってお休みになられるとのことです」


 二日目の、延期だった。


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