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18.王妃殿下に呼ばれました

 フィリウスとの朝食を終えることしばらく。

 リーナが案内されたのは、前日にフィリウスと共に婚姻契約書にサインした、城内の王族専用の区画にある談話室だった。


 フィリウスはアグリア辺境伯領との往復で一ヶ月ほど城を空けていたせいで仕事がたまっているらしく、迎えに来た文官と共にリーナの部屋を出ていった。


 ちなみに彼は部屋を出ていく時に、何度も重ねるようにして「大丈夫か」とか「危険を感じたら逃げるように」と言っていた。


 そんなに怖い人なのだろうか。

 そういうわけで少々緊張していたリーナは、ひとまず部屋の入り口近くのソファに座って腰も落ち着かせた。


 これまでお茶会なんてものには一切縁がなかった。けれど、リーナはアルトのおかげで、自分より身分の高い相手と同席する時の基本的な作法を知っている。


 教えてくれたアルトによると、室内なら最も身分が高い人物の席から一番はなれた場所、あるいは入口から最も近い場所──下座(しもざ)にいればいいのだとか。

 例えば玉座の間なら身分の高い人物から優先的に前に、普通の部屋なら部屋の前に立つ護衛のように身分が低い人物ほど入口近くなのだという。


 リーナが得た作法に関する知識は、そのほとんどがアルトに聞いたものだ。

 旅の途中、生粋(きっすい)の王族であるフィリウスにも感心されていたので、おそらく間違いではないと思う。


 でも、アルトは平民なのにこんな知識をどこで学んだのだろう?


 ふと、そこまで考えて今度は、前日サインする時にフィリウスよりも自分が上座に座るなんていう恐ろしいことをしていたことに思い至る。


 その事実を思い出してリーナが頭の中で肩を震わせていると、部屋の扉が開かれた。

 同時に感情を顔に出さないように、と気持ちを切り替えたリーナは立ち上がる。


 間違いなくこの国の王妃殿下であろうその人の方に向き直ると、淑女の礼を披露した。


「まあ! 本当にローズマリーの生き写し──といったところね。ごきげんよう。顔を上げなさいな」


 一瞬、ものすごく明るい声が室内に響いた気がした。けれど、それはリーナの幻聴だったのだろう。

 だって、顔を上げてみれば目の前にいる女性からは厳しいというか、冷めた視線を向けられていたのだから。


 金色の髪をアップスタイルにした、フィリウスと同じ紫色の瞳の女性。

 どことなく、初対面の時の彼と似た雰囲気を感じる。


「貴女がリーナね? わたくしはパトリシア・レーゲンス。フィリウスの母、といえばわかるかしら?」

「リーナと申します。王妃殿下、これからよろしくお願いいたしま……す?」


 リーナがパトリシアの顔を正面から見つめると、彼女は持っていた扇子を開く。


「お茶にしましょう。貴女には聞きたいことがたくさんあるの」




 起きてすぐ、そして朝食に引き続き朝から三度もお茶を飲むことになるなんて思わなかった。

 けれど、アルトによればアグリア辺境伯邸でも叔父一家が毎日湯水のようにお茶を飲んでいたと言っていたし、貴族にとってはこれが当たり前なのかもしれない。


 パトリシアが大皿に載せられたクッキーを食べたのを見て、リーナもまた一枚、口にしてみる。


「おいしいです……!」

「まあ! おいしかったなら──ではありませんでしたね。リーナさん……いえ、リーナ。ここは王族の私的スペースなので何も言いませんが、外でそのような顔をするのはやめなさい」

「は、はい」

「貴女は社交界にも出してもらえないほど、ひどい有様だと噂されているものですから。先ほどの行いは、外ですればすぐさま悪評を増やしていくでしょうね」


 これでヴィカリー公爵に続いて二人目。やはり貴族たちのリーナに対する心象(しんしょう)はあまりよくないらしい。


 ここに来るまでの道中、フィリウスはそのようなことを一言も言っていなかった。リーナを心配させないように黙っていてくれたのだろうか。

 それが嬉しいと感じると同時に、どうしても不甲斐(ふがい)なさも感じてしまうわけで。


「申し訳ございません」

「謝罪は結構です。これからはその悪名を払拭(ふっしょく)できるよう、よく考えて行動するようになさい」

「寛大なお言葉、痛み入ります。ですが、なぜ陛下はそのような悪名高いわたしをフィリウス殿下の妃としたのでしょう?」


 正直、リーナにはそこが理解できなかった。

 フィリウスから、今回リーナが彼に嫁ぐことになったのは国王陛下、つまりベネディクトから命令があったからと聞いていたのだから。


 王家と辺境伯家が婚姻を結ぶこと自体には十分なメリットがあるだろう。けれど、悪名高いのであれば、リーナを妃にあてがう必要はないはずだ。


「フィリウスに妃としてあてがうのに、最も都合がよかったからです。あの子は女性に興味を持っていませんでした。ですが、婚約者もいないとなると畢竟(ひっきょう)、政治的な駆け引きが白熱して国内が不安定になりますし、民に不安を与えかねません」


 その言葉に、リーナはパトリシアが言いたいことを何となく察してしまった。


 レーゲ王国では男性も女性も、結婚することで一人前と見られる風習が強い。

 けれど、一度結婚さえしてしまえば、結婚相手に先立たれようが離縁しようが一人前とは見なされ続けるのだ。


 そして第一子の男性以外は、家を出て外に家庭を持つようになるのが普通だ。

 一方、第二王子だけは第一王子の「もしもの時のスペア」として王城に残ることになっているのだという。


 仮に何らかの異変が第一王子に起きて、第二王子(フィリウス)が代理となった時、彼が未婚、つまり半人前だったらどうなるかは考えなくてもわかることだった。

 けれど、リーナにとって問題なのはそこではない。


「それではなぜ、悪名高いわたしがフィリウス殿下の妻として、もっとも都合がよい理由をお聞かせ願えますか?」

「それは──」


 リーナの質問に、パトリシアは再び扇を広げる。

 けれどそれは一瞬のことで、再び扇を閉じてリーナを真っ直ぐと見据えたパトリシアは、皿の上のクッキーを一枚手に取ると、やがて口を開いた。


「わたくしの口から伝えることはできないわ。けれど、ひとつだけ教えられるとしたら──そうね。わたくしたちは貴女が噂に聞くような悪名高い令嬢ではないと、知っているから……ということぐらいかしら」


 思いもよらない言葉に、今度はリーナが固まってしまう。

 けれど、相手は王族なわけで。フィリウスの結婚相手をリーナにしようと考えていた時点で、彼らがリーナの事情に詳しいのは当然だった。


「はい……! 期待に応えられるよう、精一杯頑張りますっ!」

「そう。それならば、貴女には第二王子妃としてのお仕事を頑張ってもらいましょうか。──ついていらっしゃい」


 手にしていたクッキーを食べ終えて立ち上がったパトリシアに、リーナもまた立ち上がる。


 二人で廊下を歩くことしばらく。パトリシアの後に続いて、王族の私的なスペースだという建物から渡り廊下で本館へと移動する。


 やがて、パトリシアが立ち止まったのは、リーナが来たことがない部屋だった。


「フィリウス。リーナを連れて来たわよ」

「母上。……それにリーナ嬢も」


 パトリシアの声に、少し間があいて扉が開かれる。

 目の前に立っていたのは、フィリウスだった。


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