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16.謝罪

 リーナが立ち上がったのを見て、部屋の隅に控えていたジュリアが扉を開く。

 思っていた通り、そこに立っていたのはフィリウスだった。


 部屋の入口で向かい合った二人は朝の挨拶を交わす。


「おはよう」

「おはようございます」


 リーナの目に映るフィリウスは、今日も少しの隙もない完璧な美しさだ。

 よく整えられた銀色の髪も、紫水晶の瞳も現実離れした雰囲気を醸し出していた。やはり、お城の中と外では使えるものも違うのかもしれない。


 まだ朝も早いのに髪はもう首のあたりで結ばれているし、いつもの眼鏡もきちんとかけていて寸分の隙もない。


 ──リーナは先ほど寝起きのフィリウスを見たけれど、それと比べてどうこう言うのはジュリアに「一緒の部屋にいました」と白状するようなものだ。

 というわけで首を一生懸命に左右に振って忘れようとしたのだけれど、その姿が頭からこびりついて離れない。顔を両手で覆っても駄目だった。


「? リーナ嬢?」

「何でもありません。大丈夫です」


 リーナが笑顔で答えても、フィリウスは(いぶか)しげな表情を浮かべるだけだ。

 けれど、いつまでたっても笑顔を浮かべるだけのリーナに、フィリウスもそれ以上追及するのは諦めたらしい。


「そのドレスはリーナ嬢が選んだのか?」

「いいえ。わたしはまだ、確認もしておりませんので」


 そういえば今リーナが着ているドレスはいつの間に準備されていたのだろう?

 サイズを測ってもらった覚えはないのにリーナにピッタリだったのだ。気にならないわけがない。


 けれど、今リーナにとってはそんなことよりもずっと大事なことがあった。


「フィリウス殿下。昨晩は共に夕食を取ると約束したにも関わらず欠席してしまい、申し訳ございません──!」


 謝罪の言葉と共に、腰を折る。

 けれど、フィリウスからは許しの言葉も、何も聞こえてこない。


 心配になったリーナがおそるおそる、姿勢を少しずつ元に戻していくと。

 目の前にいたフィリウスは、呆れたように溜め息をついていた。


「そんなことか。謝罪など不要だ」

「ですが……!」

「リーナ嬢は私の時間を取ってまで、自分が許されたと思いたいのか?」

「それ、は」


 言われてみればそうだ。リーナは昨日の夕方、フィリウスの時間を無駄に取ってしまった。

 その上、今フィリウスの大切な時間を再び奪ってまでしていることは「自分が許されたい」という思いを満たしたいがための、自分本位な謝罪に他ならない。


 リーナは重ねて謝罪しそうになったのを、ぐっとこらえた。

 馬車の時は受け入れてもらったのだ。今回は我慢すべきだろう。そう思っていたのだけれど。


「許すも許さないも、私は最初から怒ってなどいない」

「でも不機嫌なのでは?」

「怒ってなどいないと言っているであろう……。だが、そう思わせてしまったのであればそれは私の落ち度だ」


 フィリウスは許しを乞うように片膝(かたひざ)をついて、顔を伏せた。

 けれど、リーナとしては謝罪してほしいわけではないのだ。じっさい、夕食を共に食べられなかったのはフィリウスのせいではなくリーナのせいなのだから。

 全面的に自身に過失があるのに、謝られるというのはいたたまれない。


「おやめください! 殿下は悪くないです。それに今度はわたしの時間を取ってしまっていますから、ね?」


 謝罪なんて必要ない。そう伝えたくて口を開いた。

 けれどそこまで言ってしまって、ようやくリーナは自分が失言してしまったことに思い至る。


 フィリウスは第二王子で、リーナはそのフィリウスに嫁いできたばかりのしがない令嬢だ。

 つまりフィリウスの方が目上なわけで。これはさすがに怒られるのではないか。フィリウスも謝罪の体勢を解いて立ち上がったのだから、ありえる。


 そう思って身体をこわばらせたリーナは──次の瞬間、フィリウスの腕の中にいた。


「でん、か?」

「それもそうだ。君に言っておいて、自分が同じ過ちを犯すところだった」


 フィリウスの腕に力が込められる。

 伝わってくる温もりが、その体温がとても心地よくて。


「落ち着いたか?」


 さすられる背中。布越しではあるけれど、そのおかげでリーナも徐々に落ち着きを取り戻していく。


「はい。ありがとうございました」

「それはよかった。朝食にしようか」


 リーナが頷くと、フィリウスの気配が離れていく。

 このようにして人肌に触れるのはいつ以来だろうか? エスコートはここに来るまでに何度もしてもらった。

 けれど、それ以外ではアグリア辺境伯領から王城までの道中で、フィリウスとここまで触れあったことなんかなかった。


 だからなのか、フィリウスが離れていくのを寂しく感じる。

 一方で、彼を引き留める権利はないのだということもリーナは理解していた。


 先ほど謝罪して迷惑をかけたのに、これ以上自分の都合をフィリウスに押し付けるわけにはいかない。

 気持ちを切り替えたリーナは、ひとまず気になっていることを尋ねてみた。


「ところでフィリウス殿下、朝食をいただくお部屋はどちらに?」

「ここだ」

「え?」


 リーナは一瞬、フィリウスが告げた言葉の意味がわからなかった。

 二人が今いる部屋というのはつまり、リーナの部屋で。


「ここに持って来てもらうことになっている」

「え、でも」


 王家ではそうなのだろうか? 少なくともアグリア邸では違った。

 小屋に追いやられるよりもさらに前。朝食も夕食もリーナはイグノールやセディカ、マリアと共に食堂でとっていた頃がある。


 ……マリアの一言で、やがてリーナは部屋で一人で食べるようにと言われてしまったけれど。

 それ以前の様子から思うに、食事の時は普通の家族なら──。


「でも?」

「でも……普通なら、家族が同じ部屋に集まって食べるのではありませんか?」


 フィリウスに問われ、自分が途中で言葉を止めていたことを思い出した。

 だから、リーナは自分が思っていたことを説明したのだけれど。


「君の言う通りだ」


 自身の伝えた言葉を肯定されてしまった。もしかしたら王家なら違うのかな、と思っていただけにびっくりしてしまう。

 驚きのあまり、まばたきを繰り返すことしかできない。


「実は昨日、陛下がリーナ嬢を食事に誘おうとしていたのだ。だが、君は眠ったままだっただろう? だから、断っておいた」

「わたしなら大丈夫ですよ?」


 じっさい、リーナは半日以上眠っていたのだ。

 それに対する気持ちの問題はともかく、長旅を終えた翌朝だというのに元気なわけで。昨日までとは違って、身体が軽い。


「大丈夫、か。だが、君は昨日部屋についた途端に眠ってしまうぐらいに疲れていた。だから当面の間はここで食べさせると伝えてある」

「そう、ですか。わかりました」


 たしかにフィリウスの言う通りだ。

 もしリーナが逆の立場だったら、安静にしていてほしいと思うだろう。


「どうぞお入りください」

「ああ。失礼する」


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