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13.間違った選択

 扉こそ開いているとはいえ、王族の私的な談話室に二人きり。

 この状況は、今しがたリーナたちが結んだばかりの「白い結婚」を続けるにはすぐにでも解消すべきものだ。


 昔、リーナが領主館の本館から畑の小屋へと引っ越しした日の翌朝。

 訪ねてきたアルトを迎え入れようとすると「狭い部屋の中で男女二人きりになってはいけない」と言われたのだ。


 その時に聞いた理由を、リーナは今も覚えている。

 そしてそれはリーナの勘違いでなければ、「白い結婚」を続けるためにも重要なことに違いないはず。


 ちなみに(さと)されたリーナは「アルトのお嫁さんになりたいから大丈夫」と答えたけれど、「身分が違うから」とやんわりと断られた記憶がある。


(あの頃はアルトのことを全面的に信頼していたからショックだったけれど、きちんと聞いておいてよかったわ。それに──)


 今は一刻も早くこの状況を脱しなければ。

 でなくては「白い結婚」と呼べなくなってしまう。「白い結婚」が解消されるということはつまり、リーナはあの小屋暮らしに戻らなければならないということなのだから。


「なるほどな……。もっとも、見ての通りこの部屋にはベッドなどない。この状況で(いぶか)しむとなれば、その者の想像力の(たくま)しさには褒美をやらねばならないだろうな」

「フィリウス殿下、大丈夫ですか……?」


 軽く口元に弧を描き、眼鏡を指で押し上げるフィリウス。

 リーナには理解できない何かを考えていたであろう彼の口角は、リーナの一言でもとに戻る。


「問題ない。ひとまず、リーナ嬢の……。いや、結婚したのだからリーナ、と呼ぶべきか」

「──っ!?」


 (あご)に手をあてて考えるフィリウスの衝撃的な発言に、リーナの身体は沸騰したように熱くなる。

 「リーナ」とただ名を呼ばれただけなのに。


 けれど、どうして。

 自分のココロが何を考えているかがわからず、頭がふわふわする気がする。

 わからない。わからないのが──


「リーナ、」

「──いや……っ」

「──っ、そうか。夫婦となったのだから、名だけで呼ぶべきかと思ったが君は「白い結婚」を望むぐらいだものな。リーナ、嬢がそう言うならこれからもリーナ嬢と呼ぶことにしよう」


 刹那(せつな)、身体の芯が一気に冷えていく感覚を覚えた。

 「リーナ嬢」だなんて他人行儀ではなく、名前だけで呼んでもらえたのが嬉しかったのに──。


 言い終わってから気づく。いつも自分はそうだ。

 うっかり「いや」だなんて言ってしまったから。


 呼び捨てが嫌だったわけではない。ただ、自分の中に生じた感情とその呼びかけが結び付けられないのが「いや」なだけ。

 やっと自分の心が考えていたことがわかり腑に落ちる。


 けれど。自分が嬉しいからという理由だけで何度も意見を翻しては、フィリウスの迷惑にしかならないわけで。

 そんなことをしては「マシ」という評価も一瞬で地に落ちかねない。


 リーナは何度もマリアの婚約話が破談になったのを聞いているのだ。アルトに聞いた限りでは大体毎回「こんなワガママなお嬢様の婚約者になんてなりたくない」といった理由だったらしい。


 だから、リーナは女性が我儘(わがまま)を言えば男性が愛想をつかすということを知っている。

 間違いなく今我儘(わがまま)を言ってしまったら、結んだばかりの契約もなかったことになるし、あの小屋に帰されるだろう。それだけは嫌だ。


 ──何としても「白い結婚」を死守しなければ。

 リーナの心の中はその気持ちでいっぱいになった。


「リーナ嬢、手を」

「はい。殿下」


 立ち上がったフィリウスから差し出された手を取り、リーナもまた立ち上がる。


 廊下を歩くことしばらく。

 王城の中でも比較的プライベートな空間というだけはあり、その部屋までの距離は、玉座の間から先ほどの談話室までの距離と比べたら、非常に短いものだった。


「ここが君の部屋だ。ヒルミス嬢が中を整えてくれているはずだ」


 そう言いながらフィリウスが扉に手をかけようとすると、内側から扉が開かれる。


「お待ちしておりました、リーナ様。フィリウス殿下もいらっしゃったのですね」


 今しがたフィリウスの言った通り、中から二人を迎えてくれたのはジュリアだった。

 笑顔の彼女はけれど、リーナには無理をして笑顔を作っているように見えた。


「ジュリア。貴女疲れているのでしょう? 早く休んで」

「──っ。いいえ、問題ありません」

「貴女がわたしの王城での生活を助けてくれるのでしょう? だったら、わたしは今大丈夫だから、休んで」

「そういうわけにはまいりません」


 ジュリアは疲れているはずなのに、リーナのお願いを聞いてくれそうにない。

 どうすれば……と悩んでいると、フィリウスがリーナの方を振り向いた。


「ヒルミス嬢の言う通りだ。最低限、ここでの生活がどのようなものかだけは共有しておく必要がある。侍女の体調を気遣えるというのは美徳だ。だが、彼女を休ませるにしても、せめてそれが終わってからだ」


 気をつかったつもりが、逆に気をつかわせてしまった。

 ジュリアにも、フィリウスにも。こんな状況で、これからまともに王城の中で生活していけるのだろうか。


「……わかりました。でもジュリア、本当に休んでね」

「もちろんです。慣れない場所でご不安でしょうに、お心遣い痛み入ります」

「いいえ。わたしがお願いしていることだから、気にしないで」


 リーナがそう言っても、頭を下げて感謝の言葉を繰り返すジュリア。

 本当に、みんな優しい人ばかりで。だからこそ、リーナは皆に気をつかわせないようにしなければならないのだ。




 一通り王城での生活の基本について教えてもらうと、その場は一旦解散することになった。次にここに集まるのは夕食の時だ。


「リーナ嬢。もし何かあれば隣の部屋にいるヒルミス嬢か、反対側の私に何か言うように」

「反対側……?」


 リーナが疑問調でフィリウスに返してみれば、彼は廊下の少し先で生活しているらしい。


「リーナ嬢と私は夫婦になったのだから、寝室が隣になる造りだと説明していなかったか?」

「そ、そういえばそうでしたね。大変失礼いたしました」


 リーナはアルトから教わったことを思い出した。普通、貴族の夫婦は同じベッドで寝るか、普段は隣り合った部屋で寝るものらしい。

 後者の場合は必要に応じてどちらか一方が──通常は妻が夫の部屋へ──出向くのだと言っていた気がする。


 そもそも、先ほどの婚姻契約書にもそのような一文が盛り込まれていた気がする。


「それでは、夕食の時間にまた迎えに来る」

「はい」


 それだけ言い残すと、少し離れた隣の部屋へと入っていくフィリウス。

 その様子を見届けると、後ろにいたジュリアがリーナに呼びかけた。リーナもまた、彼女の方を振り返る。


「お心遣い、本当にありがとうございました」

「いいの。わたしだってきっと疲れるもの。これからもよろしくね」

「はい」


 ジュリアは綺麗な礼を披露する。専属侍女が休むための隣部屋の入口まで歩いていくと、リーナの方を振り返ってまた一礼をして、ようやく部屋へと入っていった。


「わたしも少し休むことにしましょう」


 部屋に入ってまずリーナの目についたのは、ふかふかのソファ。

 周りの調度品が豪華なのは何となくわかるけれど、疲れてしまった今は一刻も早く休みたい。


 そう思ってソファに腰掛けたリーナは、その柔らかい感触にすぐ船を漕ぎ始めてしまった。




 そうして完全に意識を失ったリーナが、次に目を覚ましたのは知らないふかふかのベッドの上だった。


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