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119.伝えたいこと

「そうなの。フィリウスさまにちょっとお伝えしたいことがあって」

「かしこまりました。ですがもう夜も遅いですから、早く戻ってきてくださいね」


 ジュリアに留守を任せてから、部屋を出る。


 晩餐会(ばんさんかい)が終わり、フィリウスに部屋まで送ってもらったあとも、リーナの心の中をしめていたもの。


(先ほどのヴォクスさまとノマさまのお互いに対する態度、食事中とは違うように見えたわ。……何も悪いことがなければいいのだけれど)


 シャタール王国の王太子夫妻は、お互いかみ合っていないながらも、公的な場ではきちんとした夫婦のように見えた……と思う。


 リーナはフィリウスと夫婦とはいえ、「白い結婚」だ。

 だから見当違いなのかもしれないけれど。そんなリーナにとっても、晩餐会(ばんさんかい)の最後に二人が見せたやり取りはそれまでのものと比べて異質なものに見えたのだ。


 廊下に出たリーナが、隣にあるフィリウスの部屋の扉までたどり着くまでには、ちっとも時間はかからなかった。


「っ、誰かと思えば君か」


 扉をコンコンコンとノックすることしばらく。フィリウスはすぐに中から出てきた。もうすぐ寝るつもりだったのか、眼鏡はかけていないようだ。

 夜遅くに部屋を訪ねたリーナのことを(いぶか)しんでいるのか、彼の表情は硬い。


 けれども、これは仕方のないことなのだ。

 こんな時間に彼を訪ねるなんて、彼がリーナに望んでいる「白い結婚」をふいにすることに繋がりかねないと考えるのが自然なのだから。


 先ほど運んでもらったらしいことに加えて、以前事故でフィリウスの部屋に入ってしまった時のことを思い出して、顔に熱が集まってくる。


「冷えるだろう。入るといい」

「あ、あああのですね。わたしはフィリウスさまというか、フィリウスさまのお部屋にご用があるというよりも、その」


 ヴォクスとノマのことが気になるけれど、夜遅くに二人の部屋を訪れるのはリーナひとりではまずいのではないか。夫のフィリウスと一緒に行かなければいけないのではないか。


 そんなことを思って訪ねたのだから、フィリウスに用事がないというのはまったくの嘘になってしまう。

 でも優しいフィリウスは、リーナの言葉の続きを待ってくれている。


 一度深呼吸したリーナは、彼の紫水晶の瞳をまっすぐ見つめながら口を開く。


「部屋まで運んでいただいてありがとう、ございました」

「……どういたしまして」


 顔が赤くなってしまったけれど、フィリウスの顔も赤く染まっているからか、不思議と心は落ち着いていた。


「だが、君が来た理由はそれだけではないのだろう?」

「ど、どうしてわかったんですか……?」

「勘だ」


 フィリウスはやっぱりリーナのことを何でもお見通しなのだ。

 以前、扉ごしでもリーナがどのような状態なのかを当てたぐらいなのだから、面と向かえばより細かいところまで分かってしまうのだろう。


「ノマさまたちの様子が気になりまして」

「君もか」

「も?」


 フィリウスから出た予想外の言葉に、思わず目をしばたく。

 そんなリーナに、彼はいつもかけている眼鏡をくいっと持ち上げるような動作で指を動かした。


「話は後だ。少し待っていてくれ」


 そう言って彼は一度部屋に戻ると、眼鏡をかけてすぐに戻ってきた。

 扉を施錠(せじょう)して流れるような動作でリーナをエスコートする。先ほどまで顔が赤くなっていたはずなのにもうもとに戻っているから、ちょっと負けた気分になってしまう。


 それからまもなく、王族の居住区画と本棟を繋ぐ廊下までやって来ると、彼はエスコートの姿勢を崩さず、リーナの口元に人差し指を立てる。


「この先はいつどこで、誰に聞かれているか分からない。目的地まで先ほどの話はしないように」


 フィリウスの注意にリーナはこくこくと頷くと、彼に導かれるがままに歩き続けた。

 それからほどなくして、昨日ヴォクスに連れてこられた部屋が見えてくる。


 けれどフィリウスはその少し手前の、豪華な装飾がほどこされた壁の前で立ち止まった。

 一度周囲を見回した彼は、そのまま自身が手にしていた鍵を、装飾に差し込むと、ぐるりと回す。


 それと同時にかちゃり、と鍵が開くような小さな音が耳に届いた。

 フィリウスが鍵を抜けば、そこは秘密の扉になっていたようだった。リーナが差し出された手を取り部屋に入ると、彼は内側から扉を閉めた。


「もう話しても大丈夫だ」

「ここは?」


 室内は絨毯(じゅうたん)こそ敷かれているものの少し薄暗く、奥の方にある窓も非常に小さなものとなっていた。

 ところ狭しと物が並んでいて、物置きのようにも見える。


 一体何のための部屋なのだろう。

 リーナがフィリウスの答えを待っていたちょうどそのとき。


「──だから! わたくしはそのようなつもりは」

「薬ではなくチョコレートだと思っていたのだろう。百歩譲ってその事実を知らなかったのだとしても、媚薬(びやく)にもなるチョコレートをフィリウス殿に飲ませようとしていたとはどういうことだと聞いている」


 リーナが声のした方に近づけば、そこにはガラス越しに口論するヴォクスとノマの姿が映っていた。

 二人ともものすごく近くにいるはずなのに、リーナたちがいることに気がついていないようだ。


 ノマは別の部屋を用意してもらったはずなのに、ここに戻ってきているようだ。


「ここは隠し部屋と言ったところか。この城にある客間のいくつかの隣にはこの部屋が用意してあってな。今回のように不審な訪問や滞在があった場合はここを使うことになっている」

「そうなのですね……。ちっとも知りませんでした」

「王族と王族に非常に近しい人物しかこの部屋の存在は知らないから、君が今まで誰からも聞いていないのも無理はない」


 フィリウスはリーナの隣までやって来てしゃがみこむと、隣の部屋にいるらしいヴォクスたちの様子をじっと見つめだした。


 どうやら、別の部屋を用意してほしいと言っていたのに今は二人とも最初から滞在している部屋で一緒にいるらしい。


「お二人ともわたしたちがいることには気がついていないのでしょうか?」

「隠し部屋だからな。こちらから見ることはできても、向こうからはこちらは見えないようになっている。もちろん、よほど大きな声を出さない限りはあちらには音が聞こえることもない」


 そんなことをフィリウスと話している間にも、ヴォクスたちの言い争いはエスカレートしていくばかりだった。


「それをおっしゃるならヴォクス様はどうしてレーゲ王国にやって来てまでリーナ様と会っていたのですか?」

「勘違いだ! 彼女と会ったのはこの城に来てからで──!」

「ふざけないで。貴方は──!」


 そのとき。

 それまで静観していたフィリウスが突然立ち上がったかと思えば、部屋の入り口の方へと向かった。そのまま、隠し扉のドアノブに手をかける。


「フィリウス、さま?」

「……行ってくる」

「どこに」

「勿論隣の部屋だ。君は虐げられていたというのに、ノマ殿はそんなことも知らずに──」

「わかりました。わたしも行きます」


 リーナがそう言えば、フィリウスは驚いたようにばっと振り返った。

 暗闇なので彼の顔はよく見えないけれど、光があればたぶんそんな表情を浮かべているのだろう。


「君が傷つけられるかもしれないのに」

「わたしは大丈夫ですから。それに、フィリウスさまの隣の方が安心できる気がしまして」


 うっかり言ってはいけないことを口にしてしまったような気がして、ハッと両手で口をふさぐ。

 けれどフィリウスは気にしていないようで、ただただリーナを待っているようだった。


 音が聞こえにくいとはいえ、隣に届かないように細心の注意を払いながらフィリウスのもとへと向かえば、彼は再び自然な動作でリーナの腰に手を回した。


 けれど、ドアノブにかけられたもう片方の手は動く様子がない。

 おずおずとフィリウスの顔を除いてみれば、彼はひとりごちるようなほど小さな、けれどもリーナにははっきりと聞こえる大きさの声でつぶやいた。


「もし私が、君が望まない発言をしてしまったら止めてくれないか?」

「もちろんですっ」

「ありがとう」


 ドアノブが回り、再び廊下へと戻ってきた。

 夜だからか、やはり周囲には人影ひとつ見当たらない。昼間には寝室の前にいた男性もいいなくなっているようだった。


 隠し扉が元通りの豪華な装飾へと戻ったのを確認すると、フィリウスにエスコートされるままヴォクスたちの部屋に到着した。

 周りに人はいないけれど、二人の夫婦喧嘩は廊下にまで響いてきていた。


「行くぞ」


 リーナが頷いたのを確認したフィリウスは、部屋の扉を四回ノックした。

 するとそれまで響いていた声が聞こえなくなったかと思えば、かちゃりと内側から扉が開かれた。


 扉を開いたのは、ヴォクスだった。


「! 先ほどぶりですね。一体何のご用件でし」

「私の妻に対する深刻な誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)があったと聞いて駆け付けたわけだが」

「ひぼうちゅう、しょう……? すみません、今は少々妻と()めておりまして」

「それにノマ殿は私を呼び出していたし、其方はリーナを呼び出していたのだから、私たちには入室する理由がある」


 そう言い終えたフィリウスに促されるまま、リーナは二人が滞在している客間にお邪魔することになった。



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