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117.ジャガイモからパフェまで

 ヴォクスやノマも招かれている、パトリシア主催の八人での晩餐会(ばんさんかい)

 しっかりとしないといけない場所のはずなのに、リーナのテンションは上がり続けるしかなかった。というのも。


「このスープは……!」

「ジャガイモ入りコンソメスープよ」

「ですよねっ」


 お肉が来たら来たで──。


「ジャガイモのペーストまで一緒に添えられているなんて──っ!」

「貴女が喜んでくれて嬉しいわ」


 おいしすぎて喜んでいただいてしまったけれど、ノマもジャガイモ好きなのだろうか。


 ノマもジャガイモが好みなら何の問題もないのだけれど、もしリーナのためにジャガイモ料理をたくさん用意してくれたのだったら申し訳ない。

 それはそうとジャガイモ料理はどれもとってもおいしかったので、量が少し多かった気がするけれど全部おいしくいただいてしまった。


 料理人たちには感謝の気持ちを伝えないと──などと頭の中で明日からの予定を立てていると、皆メインディッシュの肉料理を食べ終えたからか、皿が下げられていった。


 皿を持った使用人たちが退出していくと、食卓についた皆の視線がパトリシアの方を向く。


「皆楽しんでくれているかしら」

「勿論だとも。なあレックス、フィリウス」


 ベネディクトの確認にフィリウスが「勿論でございます、陛下」と返せば、彼はいつものように「やはり父上と呼んではくれぬのか……」と嘆く。


 あまりに日常的にあることだからなのか、そんな父子の様子を気にすることもなくパトリシアは話を続けた。


「今夜のデザートなのだけれど、ノマ妃殿下がご用意してくださったの」

「こちらの事情で先触れもなくお世話になっているのですから、せめてお返しをと思いまして」


 今度はノマに皆の視線が集まる。

 次々と運ばれてくるのは、底の少し深い皿に盛り付けられた、渦を巻いた大きな白いクリームのかたまり。

 ところどころから真っ赤なイチゴが姿を覗かせていた。パトリシアが皿の上に乗ったそれを興味深そうに眺めている。


「これはパフェかしら? レーゲでは透き通った容器に入れるのが一般的なのだけれど、シャタールではこのような形なの?」

「はい。シャタールはそうした器の生産が貴国よりも不慣れですが、東方との交易が盛んですから、こうした席では陶磁器が使われることもよくあることなのです」


 パトリシアの疑問に答えたのはノマだった。

 彼女がクリームの先端を少し口に運び飲み込むと、皆スプーンを手に取った。


 リーナも同じように口に入れてみると、ひんやりとしていて甘い。

 けれど冷たすぎず、冬に食べるのにもちょうどいい一品に仕上がっている。


 ふとフィリウスの方を見れば、彼はスプーンを手に取ったままリーナの方を見ていたようだった。


「いかがなさいました?」


 リーナが呼びかけると、彼の肩がぴくりと動く。

 どうしたのかなと頭の中で考えていると「そういえば、フィリウスは甘いものが苦手だったような……」という、王都を二人でお忍びで訪れた時のことを思い出す。


「フィリウスさま。もしかしてこれを食べられないのですか……?」

「心配しなくても問題な──」

「いえ! ジャガイモではありませんが、とっても甘いのでもし食べられないのでしたら、フィリウスさまの分もいただけませんか?」


 思い切って、お願いという(てい)でリーナがフィリウスからパフェをもらおうとすると、誰かが息を呑んだ音が聞こえた。


 リーナだって今の状況が貴族社会においてよくないことだというのは理解しているつもりだ。

 それでも、苦手なものを食べるぐらいは許されるのではないだろうか。


 そう予想していたリーナだったけれど、予想とは裏腹にフィリウスは横に首を振った。


「私は大丈夫だ」


 そう告げるフィリウスの表情があまりに真面目なものだから、リーナは自分の部屋でもないのに、思わず吹き出してしまった。


「何がおかしい」

「いえ、本当はフィリウスさまは甘いものが好きだったんだなぁと思いまして。それなのに、あの時わたしに甘味をくれたのかと思うと」

「あの時──ああ」


 (ほお)を赤くするフィリウスがかわいい。

 もし本当は甘いものが苦手だというなら、彼のことだから「苦手だ」とはっきり教えてくれるはずだ。


 リーナがそんなことを思っている間に、彼もまたパフェを一口。どうやらリーナにくれるつもりはないみたいだった。


 けれど、フィリウスが好きなものならリーナがかわりに食べる必要はない……というわけで黙々とパフェを食べることにしたのだけれど。

 ふと底の方からスプーンを入れてみれば、硬くて丸い何かが口に入る。


 ──リーナは間違いなくこの触感を知っている。


 ごくりとひとつ飲み込んでからクリームの中を見てみれば、中には同じようなものがまだまだあるようだった。


 それと同時に、ひんやりとはしていたけれど、その香りにも覚えがあった。他ならぬリーナがお茶会の席で用意したものと同じだったのだから。


「ノマさま、こちらは」

「先日のお茶会でいただいた貴国のチョコレートが非常に美味でしたから」


 何かをチョコレートでコーティングしているようだ。

 中に入っているものが気になったリーナは表面だけを食べてみると、姿を現したのはたくさんの小さな茶色の球体だった。


 それを目にした途端、リーナの頭の中は真っ白になってしまう。


(どうして、ここに睡眠薬があるの……?)



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