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114.二人きりにはなりたくないけれど

 ジュリアと別れて、ヴォクスと渡り廊下で二人きりになってから、どれくらいの時間が経ったことだろう。

 リーナは王城の廊下の中をヴォクスと二人で歩いていた。


「妃殿下、お疲れでしたら私が部屋まで運びましょう」

「い、いえ。けけけ結構ですっ。わたしはフィリウスさまの妻ですし、ヴォクスさまにはノマさまがいらっしゃいますし……」


 ヴォクスからのありがたくない申し出を、控えめのトーンでお断りする。

 渡り廊下を出てしばらく。時々すれ違う文官たちの心配そうな表情に作り笑顔で答えながら、リーナはヴォクスと共に彼の滞在している客間へと向かっていた。


 ──それはそれはすごく、すごくゆっくりと。


 がくがくとぎこちない動作で、歩き始めた時にはまだ日が東の方にあったぐらいだったような気がする。


 けれどいつの間にか、日の高さは冬にしては高いぐらいになっていた。


 このような場合、フィリウスは夫だからか遠慮なくリーナをひょいと持ち上げる。

 一方ヴォクスはそのようなタイプではないのか、「運ぶ」と言っても今のようにリーナが断れば、手を出そうとする様子を見せない。


 ……彼と二人きりになったのは今回がはじめてなのに、ここに来るまでの何度か言われはしたけれど、その度に断っておいた。それはさておき。


「遠くの部屋で申し訳ありませんが、もう少しで到着です」

「このお城はかなり広いですからね……やはり何か不便な点がござ」

「いいえ、滅相(めっそう)もない」


 今度はヴォクスがリーナの確認に突然慌てだす。

 その様子に、人が嘘をつく時には相手の話を(さえぎ)って少し早く話し始めてしまいがちになるとフィリウスが言っていたことを思い出す。


 彼はもしかしたら、嘘をついているのだろうか。

 でも、今のリーナにとってはヴォクスの言葉が本当か嘘かだなんてことよりも、ずっと大事なことがあった。


(もし、このままヴォクスさまと二人きりになってしまったら……どうなるかなんて考えなくても分かることだわ。あの生活に逆戻りなんて絶対に嫌……!)


 けれどリーナの願いも(むな)しく、ゆっくりと歩いていたのにヴォクスたちの滞在している部屋の前まで到着してしまった。

 周りを見ても、部屋の入り口を警備している男性が一人いる以外誰もいないようだ。ヴォクスは彼に何かを耳打ちすると、リーナのもとへと戻ってきた。


「さあ、どうぞ中へ」

「あの……ノマさまはいらっしゃらないのですか?」

「安心してください。中に妻はおりませんので」


 悪びれる様子のないヴォクスに、リーナは呆然(ぼうぜん)としてしまう。

 けれども、ここで部屋に入らずこのまま他の誰かに見つかってしまったら、リーナの立場はもっと悪いものになってしまうのが目に見えている。


 リーナは一度深呼吸すると、意を決して口を開く。


「……分かりました。ですがひとつだけ」

「いかがいたしました?」

「わたしにとって安心できる要素なんて、ひとつもないですからね……!」




 ヴォクスたちの滞在している客間は、リーナの目から見てもきちんんとしたものに映った。

 奥の方にもう一部屋あるようで、そちらが寝室なのだろう。


 室内はとても綺麗に整えられていて、まるで生活感がない。

 それこそ、本当に二人がここに滞在しているのか疑問に思ってしまうぐらいだ。


 ヴォクスはリーナと二人しかいない部屋の入り口を半開き──何か言われても密室にはなっていないと主張するためなのだろう──にすると、先に部屋に入っていたリーナのもとまでやって来た。


 ヴォクスがさっと差し出した手に、リーナは半歩後ずさった。


「どうぞあちらに。ご案内いたします」

「エスコートは必要ありません」

「……そうですか。ではせめて、お先にお座りください」


 リーナの再三の拒否がそんなにショックだったのだろうか。

 ヴォクスはがくりと肩を落とした。


 リーナが入り口に近い側のソファに座ると、ヴォクスは向かいに腰を下ろしながら口を開く。


「突然のお願いを聞いていただき、ありがとうございます」

「わ、わたしはまだお願いが何かを知りませんし、それを叶えられるかどうかはわかりませんよ?」


 そもそも、リーナとしては望んでここにいるわけではないのだ。


 室内に気まずい沈黙が流れる。

 フィリウスと一緒にいる時に感じる心地よいものとは大違いだ。重々しい空気に、一刻も早くこの部屋から帰りたくなってしまう。


「それで、相談とは何なのでしょうか?」


 リーナの質問に、ヴォクスは突然頭を下げた。

 その勢いが貴族的な優雅さとはかけ離れていたから、思わずびっくりしてしまう。


「王族に嫁いだ貴女にお聞きしたいのですが……。ノマを振り向かせるためには、私は一体どうすればよいのでしょう?」

「……はい?」


 思わず素で返してしまった。

 けれど自分の世界に入っていてリーナの返事すら聞こえていないのか、ヴォクスのぶつぶつとした声は止まらない。


「以前、貴国のとある紳士にノマとの関係をよくしたいと相談したのですが──『他の女性と噂になればよい。誰からも価値を認められる男性であれば、ノマも離れていかない』と言われたのですが、全く効果がなく──」


 ヴォクスの発言に、耳を疑った。


 けれど彼の表情を見てみても、言葉の通り「自分は間違っていないはずだ」という自信と、「それなのにどうして上手くいかないのか」という二つの気持ちが同居しているようにしか見えなかった。



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