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106.お茶会が終わって

「お聞きした時間にハチに刺されたのであれば、今このように立てているはずがありませんからの。特に問題はないようですぞ」

「そうですよね! ほら、クラウスさんもこう言っているのですから、心配する必要はないと思うのです。妃教育を受ける程度であれば差し支えないはずですっ」


 即席(そくせき)衝立(ついたて)の後ろでジュリアにしっかりと確認してもらった上で、医師のクラウスからも問題なしと太鼓判を押してもらった。

 ジュリアが怪我について詳しいとは思っていなかったので、ちょっとだけびっくりしてしまった。


 そういうわけで衝立(ついたて)、隣に立っていたフィリウスに語気を強めて伝えたのに、彼は心配性なのか首を横に振るばかりだ。


 とはいえ彼は王子なわけで。フィリウスが頑なだったからか、クラウスはハチの毒に効くという薬をいくつかジュリアに預けて部屋を出ていってしまった。


 そうして薬学室からいつもの執務室まで、これまたいつも通り一度も足を床につけることを許されないまま、フィリウスに抱きかかえられることしばらく。

 到着して早速、リーナがフィリウスの執務机のそばに用意された椅子に腰を下ろすと、フィリウスが部屋の隅に控えたジュリアに言づける。


「ヒルミス嬢、お茶を頼めるか?」

「承知いたしました。リーナ様、先ほどのお茶会とは別のものをご用意いたしますね」

「……ありがとう」


 ジュリアが部屋から出ていくと、室内はフィリウスと二人きりになってしまった。

 いつもなら心地よいはずの沈黙も、今日ばかりは気になってしまう。そういうわけで気になることを聞こうとしたリーナだったのだけれど、先に口を開いたのはフィリウスだった。


「……すまなかった」

「はい?」


 フィリウスがいきなり謝罪の言葉を口にしたので、思い当たることがちっともないリーナは首を傾げてしまった。

 そんなリーナの様子を見たフィリウスは、頭を抱える。


「私のせいで、君を危険な目に遭わせてしまったのだ。君に謝罪するのが筋だろう」

「どうしてフィリウスが謝るんですか? わたしをハチから助けてくださったのに」

「……君がハチに襲われてしまったのは、夏の温室からは取り除かなかった私の落ち度だ」


 ますますわけがわからない。

 そもそも、ハチを取り除くなんて、一国の王族がすることとしては危険すぎるのではないだろうか。


「もともと、君が茶会にふさわしい場所を探すと聞いた際、温室からひと通り虫を取り除いて避難させるよう指示したのは私だ」

「えっ」


 フィリウスからの突然の告白に、リーナはどう返すのがよいのかわからなくなってしまう。


 言われてみれば温室に虫がいるのは当然だ。

 リーナも、アグリア辺境伯邸にいた頃に、虫たちが花を渡り歩いて──渡り飛んでいるのをよく目にしていた。


 最初はたんに花から食事を取っているのだと思っていた。

 でもアルトから花もまた虫を利用して種を作れるようにしていると聞いてからは、ジャガイモの花に虫が止まらないかと、わくわくするようになってしまったのだ。


 種を作れるようにと、すべての花に人の手が虫と同じ役割をこなすというのは、無理があるのだろう。


「今回は春の温室しか使わないだろうと思って、夏の温室からは取り除かなかった。だが今の状況からして、私の判断は誤りだった。そもそも、」


 気にしないでほしい。そう伝えたかったけれど、じっさいリーナはフィリウスに救われたわけで。

 彼が来なかったら、今頃リーナは身体じゅうハチに刺されてしまっていただろう。

 だから、リーナは彼を(なぐさ)める立場にないのだ。


 そういうわけで、リーナにできるせいいっぱいのことは、別の話に逸らすことだった。


「今日のお茶会の主催ですけれど、ラベンダーの香水のおかげで頑張れたんです」

「私が送った香水か?」

「はい。まるでフィリウスさまが一緒にいてくれているようで」


 そう言えば、フィリウスはますます深く頭を抱えてしまった。


 もしかしなくても、「白い結婚」としてあるまじきことを言ってしまっているような気がする。

 そうだと思うと、リーナとは「白い結婚」の関係のままで一緒にいたいと言っているフィリウスが頭を抱えるのも納得できる。


「私が君に香水を贈らなければ、ハチの群れが君に集まることもなかったかもしれないな……」

「お気になさらないでくださいっ。香水がなかったら、わたしはきっとノマさまに怪我をさせてしまっていたかもしれませんから」

「そのようなことは」

「あるんですっ。わたしが香水をつけていなかったら、きっとノマさまの方に行ってしまっていたでしょうから」


 そもそも、もしラベンダーの香水をつけていなかったらノマが「夏の温室に行きたい」と言い出さなかっただろうな、というところを伝えるのは、やめた。


 そんなことを知ったら、今後フィリウスは香水をくれないだろうから。

 ちょっと想像するだけでも、あまりにも悲しすぎる。


 再び語気を強くしてフィリウスに主張したのに、彼は相変わらず頭を抱えているままだ。


「──たとえノマ殿が、両国の関係が守られたとしても、君が犠牲になるようでは私には何の意味もない」

「それは……失礼しました」


 リーナが傷つけば、フィリウスが悲しむ。

 その事実に心が温かくなりかけて、後ろめたさがわいてくる。フィリウスがリーナを心配してくれているのに、そんなことが嬉しくなるなんて。人としてはいけないことだと思うのに、どうしてそんな感情を求めてしまうのだろう。


 そんなふうに反省していると、部屋の扉がノックされる。

 入ってきたのは、ワゴンを押したジュリアだった。


「リーナ様、フィリウス殿下……。お二人ともうな垂れていらっしゃるなんて珍しいですね」

「ち、違うのジュリア。これはっ」

「美味しいお茶をご用意しましたから、冷める前にどうぞ」


 かちゃり、と机の上に準備された茶器。

 そこにジュリアがなみなみと淹れてくれたお茶を飲むと、不思議と喉まで出かけていた色々な言葉を飲み込んでしまった。


 ほんのりと温かい、冬の窓辺の昼下がり。

 リーナはじっと、カップの中のお茶を見つめていることしかできなかった。



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