104.はじめてのお茶会(4)
フィリウスとの馴れ初めを聞かせてほしい。
ノマからせがむような表情でそんなことを言われてしまって頭の中がなかばいっぱいになってしまったリーナ。
立ち上がろうと、自然と踵に力が集まっていたけれど、リーナが自覚していなかった「この場から離れたい」という足の気持ちは、ノマの視線にばっちりと防がれてしまう。
ノマからは聞けなかったので、もう馴れ初めの話は過ぎ去ったのかと思ったら全然違った。
でも、ここでフィリウスとの話ができなければ、それこそ「白い結婚」だとばれてしまうのではないだろうか。
そして、フィリウスはノマを次の「白い結婚」相手として──。
「さすがにない、わよね?」
「?」
三人からものすごく怪訝そうな表情を向けられる。
そんな皆の様子に、自分が今この場で話すべきことを思い出したリーナは「どこから話そう」とフィリウスとはじめて会ったあの日のことを思い返してみる。
「そうですね……。ある日突然我が家にフィリウスさまがやって来まして……」
おもむろに温室の天井を見上げれば、真昼の一番高い所に向かう太陽が目に入る。
このまま全部を話していると、日が暮れるどころかまた昇ってきてしまいそうだ。
けれど、どの部分を伝えたらいいのか思いつかないわけで。頬に手をあててみたけれど、自分の中から明確な答えが返ってくることはなかった。
そんなリーナにしびれを切らしたのか、ノマから質問が飛んできた。
「殿下との仲はいかが?」
「あっ、えっと、その。……わたしなんかが言うのもおこがましいと思うのですが、悪くはない……です」
「リーナ、胸を張りなさい。どんなご令嬢を勧めても婚約すらしようとしなかったあの子が選んだのは間違いなく貴女なのだから」
「そう、なのですか?」
おそるおそる顔を上げれば、パトリシアはゆっくりと、けれどしっかりと首を縦に振る。
フィリウスのことを小さい頃から知っている彼女が言うのだから、やっぱり自信を持ってもよいのかもしれない。
「たしかに、一緒にジャガイモカフェでお昼を食べましたし……悪くないのかもしれません」
そう口にしてみれば、先ほどまでの不安が嘘のように、フィリウスとの関係が良好なものに思われる。
先ほどよりも冷めているはずのフライドポテトも、心なしか毒見した時よりも数倍おいしく感じてしまうのだから不思議だ。
そのままフィリウスとの関係について尋ねてきたノマの顔を見れば、彼女の表情は頭上にたくさんの疑問符が浮かんでいそうなものになっていた。
もしかして、フライドポテトのあるシャタール王国にも、さすがにジャガイモカフェはなかったのだろうか。
ノマはどうやらフライドポテトが好きらしいので、ここはジャガイモ仲間を増やすチャンスなのでは。
そう思ったリーナの口は、自然とあのお店のことを布教していた。
「この城下にはとってもおいしいジャガイモ料理が食べられるカフェがあるんですよ」
ジャガイモは荒れ地でも育つ素敵な作物。そんな作物をメインで扱っているカフェがあるこの国はとてもいい国だと思う。
だからこそ、先日そのお店が閉まっていたと知った時には生きた心地がしなかった。
……でも、シャタールにもジャガイモカフェがなくても、さすがにフライドポテトの専門店ぐらいはあったりしないだろうか。期待を捨てきれず、思わず訊いてしまう。
「シャタールにもジャガイモの専門店があったりはしませんか?」
「……ごめんなさい。わたくしはシャタールの人間ですけれど、あまり下町のことは詳しくなくて。もちろん、王太子妃として公務や視察などで下町に行く機会はしばしばあるのですけれど」
そうリーナの目をまっすぐ見ながら言葉を紡ぐノマの様子は、先ほどまでリーナにフィリウスの話を求めた時と違って凛としていた。
やっぱり、王族の妻として求められるのはパトリシアや、ノマのような振る舞いなのだろう。
それでも、今のリーナはフィリウスよりもジャガイモ料理を専門に扱うお店のことが気になって仕方がなかった。
「そう、なんですね。ごめんなさい。お義姉さまもご存知ではないですよね?」
「そうね。……わたくしもジャガイモを専門に扱う店というのは知らないわ。もしかしたらレックス様ならご存知かもしれないけれど」
そう言ってお茶を口に運ぶアリスに、今日の集まりはフライドポテトを楽しむ会ではなくお茶会だったことを思い出す。
でも、シャタール王国にジャガイモ専門のお店はなさそうだということがわかったし、レックスならシャタール王国にフライドポテトだけのお店ならあるかも知っているかもしれないという情報を手に入れることができたのだ。
ユスティナからの課題もクリアできそうだし、はじめて主催したにしては大成功なのではないだろうか。
そんなことを考えていると、どこからともなくやってきた蝶々がフライドポテトの皿に止まる。
けれど蝶々はフライドポテトに興味があったわけではなかったのか、すぐに飛んでいってしまった。
けれどその様子にふと首を傾げそうになる。
この前下見でここに来た時には、蝶は飛んでいなかったと思うのだ。
「ところでリーナ様」
「いかがなさいましたか?」
蝶に集中していたところにノマから声がかかる。
今度はきちんと遅れることなく反応できたことに心の中で安堵していると、飛んできたのはリーナが予想もしていなかった質問だった。
「ラベンダーは春の花ではなかったと思うのですけれど……。この香りは一体どちらからかしら?」
ノマの笑顔に、またまた身がすくみそうになってしまったのは言うまでもなかった。