103.はじめてのお茶会(3)
「そうだったのですね。ところでノマ様は──」
パトリシアとアリスの馴れ初め話を聞いてわかったのは、人間の意識は色々なことを同時に気にするのが難しいらしいということだった。
ものすごく長かったからか、口の中に次から次へとフライドポテトを運ぶのに意識が向いていたからかはわからないけれど、二人の話はそのほとんどがリーナの頭の中を右から左へと抜けていってしまっていたのだ。
わかるのは、パトリシアとアリスの馴れ初め話が終わったということだけ。
そして、このままではユスティナからの課題も達成できずに終わってしまうということだけだ。
というわけでリーナはノマに話を振ろうとしたのだけれど。
「わたくしの話など、ちっとも面白くありませんわよ」
「そんなわけ──」
そう言ってノマの方に視線を向ければ、彼女は無言でフライドポテトを次から次へと口に運んでいて、いつの間にか二皿目が届いて交換されていくところだった。
とても聞ける雰囲気ではない。「馴れ初めなんて教えたくない」という無言の主張がひしひしと伝わってくる。
これは他の話題を探すべきなのではないだろうか。
キルクに言わせれば、ノマはフライドポテトが好きなのだ。それなら質問するべき内容も、おのずと一択になるのではないだろうか。
というわけでリーナが温室の隅に控えていたジュリアに目配せすると、彼女は軽く頷いて、すぐそばの給仕用ワゴンから新しい大皿をもって近づいてきた。
そこに盛り付けられているのは冬の枯れ枝のように茶色くて細いもの。
パトリシアが興味深そうな視線を向けているのを見て、リーナは心の中でほっとした。
「まるで冬の森から集めてきた小枝のようなお菓子ね。季節を感じられて素敵だわ」
「ありがとうございますっ。こちらはフライドポテトの表面をチョコレートでコーティングしたものでして──」
お気に入りになってしまった料理だけに、思わず笑顔で説明してしまった。
だって、この調理法は王城の料理人たちすら思いつかなかった方法だったようなのだから。
そんな天にも昇る思いで皿をまじまじと見つめていると、アリスから声をかけられた。
「どうしてわたくしの義妹はこれほど楽しそうなのかしら?」
「ジャガイモ料理の新たな可能性を開けたと思うと嬉しくってつい」
そう言いながら毒見と称してチョコレートポテトを一番に口に運ぶ。甘味と塩味が口の中で調和していて、幸せをぎゅっとつめこんだ素敵な一品だ。
今にも頬が落ちてしまいそうな表情のリーナを見て、はじめての食べ物を見た三人も食べてくれた。
けれど、ノマだけが難しそうな顔になったので、大事なことを伝えておくのを忘れていたことに気づく。
「大丈夫ですか? ジャガイモも食べておいしいと言ってくれる方に食べてほしいと思っているはずですから、どうしても苦手なら食べなくても大丈夫ですよ?」
「苦手ではないわ」
本人がそういうならそっとしておくべきなのだろう。
とはいえ、せっかくだからこの場を借りてノマに聞いておきたいこともあるわけで。
「その……フライドポテトがシャタール王国の料理だとお聞きしているので……。シャタール王国の王太子妃としてのノマさまに伺いたいのですが」
「?」
「その……。フライドポテトは塩以外だと何が合うとか、おすすめはありますか?」
リーナにまっすぐ見つめられたノマは目をしばたたいた。
ジャガイモ料理しか話題が思いつかない自分が恨めしいけれど、こればかりはどうしようもない。
もっと気の利いた質問が投げかけられるようになりたかった。
でも、たとえ後からパトリシアやユスティナからそこそこ強めの笑顔ですごまれることになったとしても、ジャガイモ好きのリーナとしては聞いておきたい情報なのだ。
お茶会は情報収集が大事だけれど、相手が嫌がるところまで詮索したりするのは、今後の関係を考えるとちょっと違うのではないだろうか。
まずは仲良くなって、それから教えてもらう……という手順を踏むのが大事なはず。何せ相手は友好国の王太子妃なのだから。
彼女の国であるシャタール王国の料理についての話題は、今後のことを考えてもかなりよい選択肢なのではないだろうか。
そう心の中で言い訳をしながら尋ねてみれば、ノマから返ってきたのは考えるような声だった。
「そうですね。やはり高価な品にはなってしまいますが、東方から伝わった黒胡椒でしょうか」
黒胡椒。その言葉を聞いてリーナの頭の中にピンとくるものがあった。
晩餐会でよく振舞われるという肉料理には、黒胡椒が使われることがあるとユスティナから習った。
ということは、フライドポテトも隣に沿えると、相乗効果でものすごくおいしくできてしまうのではないだろうか。
言い換えれば、今はまだ両国での認識が「シャタール王国の庶民発の料理」という認識しかないにしても、出し方を少し考えれば、宮廷料理になれるポテンシャルを秘めているということに他ならない。
いつか晩餐会を開く時にはフライドポテトを出してみようと頭の片隅にメモをする。
そんなふうに心の中でひとりほくほくとした気分になっていたリーナに、思わぬ言葉が投げかけられた。
「ところでリーナ様。まだフィリウス殿下との馴れ初めを聞かせていただけておりませんわ」
急に戻った話題にも微笑みを絶やさないようにすることができた自分を褒めてあげたい。
だって──。
(わたしたちが「白い結婚」だとばれないようにするには、どのように説明したらよいのかしら──)
リーナの頭の中は、そんなことでほとんどいっぱいになってしまったのだから。