102.はじめてのお茶会(2)
(これは……お菓子選びを間違えてしまったかもしれないわ)
レーゲ王国王城。その一角にあるう春の温室の中では、リーナが主催するはじめてのお茶会が開かれていた……のだけれど。
この料理を出したら盛り上がること間違いなし、と思っていただけに皆からはっきりとした感想がないと、心が折れそうになってしまう。
けれどそもそも、お茶会で声を出して喜ぶのははしたないことだと教わったので、三人とも感情を表に出していないだけかもしれない。
フライドポテトはシャタール王国の料理だと聞いた。というわけでノマに感想を聞こうとしたのだけれど。
「こちらはシャタール王国でおやつとして有名なメニューだとお聞きしたのですが、違いましたか……?」
「そうですけれど、どうしてそのような目でこちらを見るのですか?」
「では味をお伺いしてもよろしいでしょうか!?」
思わず言葉が強くなってしまったことに気づいて、反省する。
そもそも、毒見もしていないのに……というわけでまずは、自分で一本手に取って口に入れてみる。
「もちろん、味は保証します。……おいしいっ」
たった一本。口にしたのはそれだけなのに、ふわりと優しいジャガイモの味と、塩。
食べる前から分かっていたけれど、ジャガイモはおいしい。
そんなリーナの味覚が伝わったのか、故郷の料理だからか。ノマはフライドポテトを一本、手に取ってくれた。
いちおうフォークも用意したのだけれど、彼女はリーナと同様に手で食べるタイプらしい。
庶民の食べ物と聞いていたのにその指運びが綺麗すぎて、思わず見とれてしまう。リーナもこのような動作を習得するべきなのだろう。
そんなふうにぼーっとしてしまい、思わず大事な説明を忘れるところだった。というわけでリーナは慌てて再び口を開く。
「こちらのフライドポテトはですね、我が国随一のジャガイモの産地と名高いオーネマン子爵領のものを使用しておりまして。塩はわたしの故郷のアグリア辺境伯領で取れた岩塩なんですっ」
リーナが言い終えるとほとんど同時ぐらいに、二本の指で挟まれたフライドポテトがノマの口の中へと入っていく。
ユスティナがここにいたら早口で話すのは品がないと言われてしまいそうだけれど、それでもどんな材料が使用されているのかは大事なことだと思うのだ。
ノマは一瞬目を大きく見開いたかと思えば、すぐに二本目を口に運んでいた。
鳥の鳴き声が聞こえてくるぐらいに静かになってしまった時は、選ぶお茶菓子を間違えたかと思ったけれど、シャタール王国の食べ物を出してよかった。……そう思ったのだけれど。
「一流の料理人が作ったのです。おいしいでしょう?」
三本目を口に運ぶノマにそう訊いてみれば、彼女はほんの一瞬動きを止めたあと、リーナに厳しい眼差しを向けえていた。
「まさかこちらの国の、それも王城でお目にかかれるとは思ってもいませんでしたわ」
悲しいけれど、リーナはノマが言っていることが分かってしまった。
フィリウスからは、レックスがポテトを見つけたのは下町の食堂だと言っていた。つまり、お城で出されたものというわけではないのだ。
ジャガイモ料理だからと、故郷の味だからと受け入れてもらえると思っていた自分が恥ずかしい。
いくら彼女が「実はリーナと同じジャガイモ好き」だと聞いていたとしても、時と場合というものがあるのだろう。
きっとフライドポテトはお茶会という場で出すべきものではなかったのだ。
「ご、ごめんなさい。次からはフライドポテトは出さないように──」
「そのような余計な気遣いは不要でしてよ」
予想外の答えに思わず目をしばたたくと、ノマと視線が合ったかと思えば、彼女は何事もなかったかのように、フライドポテトを次から次へと口に運び始めたのだ。
それに、心なしか今度は先ほどまでより食べるペースが速かったので、ほっとした。
以前早朝に彼女がフィリウスと話しているのを見てしまった時は複雑な気分だったけれど、こんなにも優しいのだ。
もしかしたら「白い結婚」であればフィリウスの相手はリーナでなくてもいいのでは? ──と考えかけたところで背筋が震えそうになったのでやめて、かわりに別のことを思い返してみる。
(まさかムスタンティー子爵がノマさまの好みを知っていたなんて思わなかったわ……。今の様子を見る限り、フライドポテトが嫌いというわけではなさそうだもの)
正確には、ノマは「実は」フライドポテトが好きという話を聞いたのはキルクからだった。
ルークが来たという話を聞いてフィリウスと共に向かっていた途中、向かいから歩いてきた彼に教えてもらったのだ。
ムスタンティー子爵家はキルクの実家なのだけれど、そもそもリーナが彼と出会ったのは、リーナがフィリウスが行っていたジャガイモカフェにたまたま向かったからで。
それに、本人からもフィリウスからも文官だと聞かされているのに、ジャガイモカフェで彼には護衛ひとりつけられていなかったのだ。
……キルクって、何者なのだろう。アルトがどこで貴族に必要な知識を身に着けていたかも気になるけれど、リーナとしては彼のことも気になってしまう。
「あらリーナ。何か困りごとかしら?」
「い、いえ。何でもありませんっ」
パトリシアからの質問に、慌てて首を振る。
よそ事を考えていたのが顔に出てしまっていたみたいだった。
お茶会なのだから、もっと大事な話をしないと。今日はユスティナからこっそり課題も与えられているのだ。
──「何でもいいから情報交換をすること」。一見簡単そうに思えるけれど、ユスティナからは「さりげなく」だとか「自然に」といったように言われている。
はじめてのお茶会なのに、ちょっとハードルが高すぎると思ったのは秘密だ。
とはいえせっかく聞き出すなら、リーナとしても気になることがあった。
「夫婦円満の秘訣を……ではなくて。皆様のなれそめをお聞きできない、かな、と思うんですけれど」
リーナがそう言い終えるやいなや背中側──入り口の方からぴゅうと冷たい風が吹いてきた。ほんの少しだけ凍えてしまいそうになったけれど、部屋の中が春だからかそこまで寒くはなかった。
「あらそんなこと。……いくらでも教えてあげるわ」
パトリシアの笑顔がちょっと怖い気がするのはなぜだろう。
フィリウスと同じ紫水晶の瞳をしているけれど、人によってこんなにも印象が違うんだなぁとしみじみと思ってしまったのはリーナだけの秘密だ。