101.はじめてのお茶会(1)
春の花が咲き乱れる温室の中央。
四人で席についたテーブルを前にリーナはレーゲとシャタール、ふたつの国の交流……という名目で集まったお茶会を主催する立場として、笑顔で挨拶をした。
とはいえお茶会を主催するのは生まれてはじめてなわけで。ユスティナから一通りは学んだけれど、これであっているかはものすごく心配になってきて、今更ながら緊張感でいっぱいになってしまう。
コトン、とジュリアが淹れてくれたお茶がそれぞれの席に置かれていくたびに高まっていく不安。そんなリーナの後ろ向きな気持ちを破ってくれたのはパトリシアだった。
彼女はお茶の香りを吸い込んだ様子を見せると、リーナに視線を向ける。
「リーナ。今日のお茶は何かしら」
「ユーヴェイ、です」
どこか渋みがありつつも華やかな香り。ルークから聞いた話によれば、パトリシアはこのお茶を好んで飲んでいるのだとか。
「まあ! さすがはわたくしのリーナね。しっかりとわたくしの好みを知ってくれていて嬉しいわ」
弾むような声でそう言い終えると、パトリシアは流れるような美しい動作でお茶を口に運んだ。
今日リーナが招待した中で一番身分が高いのは王妃のパトリシア一人。というわけで、ユスティナによれば彼女の好みに合わせておけば基本的には問題ないと言われていたのだ。
そんなふうに安心しきっていたリーナ。けれどその直後。今更ながらものすごい失態を犯してしまっていたことに思い至る。
「ご、ごめんなさい! 毒味が必要でしたよね……」
「いちいち気にする必要なんてないわ。わたくしは貴女の毒味がまだ済んでいないと分かった上で口に含んだだけだもの」
「ですが」
パトリシアの言葉にぞっとした。
もし、今リーナが出したもので誰かが体調不良を起こしてしまったら、それはリーナの責任ということになってしまう──とユスティナからは言われているのだ。
けれど、パトリシアはリーナをなだめるように続ける。
「もし、今回先に口をつけたのがわたくしではなかったとしても、それは貴女の失態ではないわ。たしかに決まりでは主催者が毒味を済ませてから口に含むことにはなってはいるけれど、それは主催者も招待客もお互い様。それで命を落とすようであればそもそも社交界に向いていなかったということよ」
言ってくれていることはありがたいけれど内容がこわい。
パトリシアやアリスは大丈夫だと思うけれど、本番のお茶会なのでノマからフィリウスやユスティナに「リーナはお茶会が不慣れ」と伝わったりしたら。
それにそう言われても気になるものは気になってしまうわけで。遅ればせながら少し口に含み終えると、リーナは顔を上げて、できる限りの笑顔で「どうぞ」と小さな声で呟いた。
リーナが勧めたことで、アリスとノマもゆっくりとお茶を口にする。
けれど温室の中はお茶をすする音も聞こえてこなくて、静かなままだ。
そんな事態に心の中でひとりふるえていたリーナがようやく耳にした音は、自身の手元から響いたティーカップとソーサーが触れ合う音だった。
やっぱり、この世界はまだリーナには早すぎたのではないだろうか。
はじめての事態に、もはや主催の仕事ではなく困惑しかできていないリーナに声をかけてくれたのはまたしてもパトリシアだった。
「素敵なお菓子ばかりね。どこから仕入れたの?」
パトリシアの一言に、話題の中心がお茶からお菓子に移る。主催者はリーナなのに、これではまるでパトリシアのお茶会だ。
もう少し頑張らないと、と心の中で奮起して声を出す。
「こちらの皿の分は、いずれもフィリウスさまに連れて行っていただいた、マルツィス商会から仕入れたものでして……」
「まあ! マルツィス商会の仕入れるものは一級品ばかりですものね」
つい先日まで知らなかったけれど、ルークの商会はマルツィス商会という名前らしい。
彼の双子のカールはどうして王城で働くまでになったかは誰も教えてくれないし、教えてくれる気配もないのだけれど、これこそリーナがいつお茶会を主催するかよりもずっと本当の国家機密なのではないかと思ってしまう。
お菓子をひとつ手に取ったアリスは、パトリシアから聞いていた通り、甘味に興味津々らしい。
茶色くて四角いものを一粒、陽の光に当てて見上げる様子は、ほんのり恍惚とした表情を浮かべているようにも見える。
「とってもいい香りね」
「ですよね……! たとえばこちらのチョコレートは素材にイチゴを使用したものでして」
「まあ! わたくしの好みについても考慮してくれていたのね。可愛い義妹ができて嬉しいわ」
妖艶な笑みを浮かべるアリス。チョコレートを口に運ぶ指さばきも、リーナのものとは明らかにちがう。
「ところで、こちらの皿の分はと言っていたけれど、他の皿があるのかしら?」
そう訊かれてハッと思い出す。「揚げたてをお出ししたい」と料理人の皆にお願いしておいた「あの一皿」がまだ到着していなかった。
部屋の隅の方にひかえているジュリアと顔を合わせれば、二人でうなずく。
テーブルに座っている皆の方に視線を戻すと、笑顔で口を開いた。
「フライドポテト、です」
温室の外、冬の空を飛んでいく小鳥たちの可愛らしい鳴き声が、耳に降ってきた。