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街中決戦 その3

 右わき腹を右手で思わず抑えた男であるが、その手には血がびっしょりとついていた。


「ゴフッ!?」


 そして今思い出したかのように逆流してきた血が口から吐き出された。


 ―――そうだよな。あれだけの魔法使いだ、接近戦について多少の心得があってもおかしくはねぇ。それにしてもってとこはあるが、それでも一切警戒せずに突っ込んだ俺様の油断が生んだ罰だ。まだどこかで相手をバカにしてたってことか。


 強く歯をかみしめるとゆっくりと立ち上がった。


「フンッ!」


 そして全身の筋肉を収縮させ、そこに魔力を無理やり注ぎ込んだ。男がやっていることは過程こそ違えど、回復魔法と同じ結果をもたらした。回復魔法は魔力によって細胞の修復をさせるが、男は魔力によって細胞分裂を促進させることで回復させているのだ。


「へぇ、そんなやり方で回復させることができるんですね。」


「そういうことだ。お前ほどじゃなくても俺様にも回復、持久力には自信がある。」


「そうですか?それにしては随分頑張っていたようですが。」


「クックック!安心しろ、この程度でどうかするほど弱くはねぇ!」


「そうですか。ではせっかく近づいてきてくれたんです。付き合ってあげますよ、近接(ステゴロ)に。」


 ギラギラとした戦意に満ちた視線を向けられたヨミは帽子をしまい、小さく構えを取った。腰から取り出した杖を右手に持ち、腕の力を抜いて前にだらりと垂らした。本来杖は魔法を撃つための媒介になるものであるはずだが、杖を持ったヨミの姿は歴戦の剣士が剣を構えているように男には映った。


「クックック!面白い!……行くぞ!!」


 軽く魔力を圧縮した拳を振るい、煙で視界を奪うとその隙に男は動き出した。ヨミのいる屋根に飛び移ると、先程のダイナミックではあるが隙が多い動きではなく、少し速度が遅くなっているがその分隙がなくなった動きへと変わっている。


「ッ!?」


 煙から飛び出したヨミの前に男が迫る。ついさっきとは全く違った動きにヨミの反応が一瞬遅れる。


 咄嗟に氷のシールドを展開し攻撃の速度を緩め、その隙に大きく後退する。しかし、息をつく間もなく男は迫る。


 魔力のこもった男の拳を杖で捌き、カウンターで魔法を発動する。男はその魔法を拳で砕き、それができなければ魔力の鎧で受けきる。そしてすぐさま攻撃に移る。攻撃を氷のシールドで受け、その隙に再度魔法で攻撃を仕掛ける。


 男は拳と肉体で、ヨミは魔法とシールドで行われる戦いはまるで演武の様であった。あたかも示し合わせたかのように双方が双方の攻撃をかわし、捌き、無効化する。そしてその動きと一体となった鋭いカウンターを相手に繰り出す。


 だが、接近戦では男の方が一日の長があるのだろう、戦いに一呼吸置くために大きく距離を取るときのは常にヨミの方であった。それを除けば近接戦は対等に展開されているといっても過言ではなかった。双方共に一度でも攻撃をまともに食らえば相手にそのまま勢いを持っていかれかねないという、大きな緊張感の中で戦いは続いた。


 そして男には攻撃を仕掛ける側であるという大きな優位点があった。それはつまり計画があるということであり、いつまでも先手を取れるということでもあり、そして最後の最後まで奥の手を持てるということでもあった。


 つまり、男は作戦を次のフェーズに進めることを決めたのだった。


 ―――楽しい!……楽しいぞ!!こんな戦いは、本当に久しぶりだ!血沸き肉躍るとはまさにこれだ!これなんだ!一瞬の判断の間違いが生死に直結するこのヒリヒリした緊張感!攻撃をした時の一種の達成感にいなされたときの心臓が止まったかと錯覚するほどの恐怖感!


 楽しいと心の底から思える戦いの中で男は逡巡していた。


 ―――勇者や神像兵器もいいが、それでも違う!命がけの切磋琢磨に心は高ぶるばかりだぜ!少し前の俺様より確実に強くなれてる確信がある!お前もそうなんだろう!?……ああ、任務なんて忘れてしまいたいぜ!ずっと、この戦いを楽しみたい!でも……


 だが、今や男は仕える主を持つ一人の将兵なのである。しかもその主に心酔し、生きる目的を主に依存しているような狂信者なのである。


 ―――しょうがねぇよな。勇者との闘いも諦めたんだ。大丈夫、そう遠くないうちにきっとまた会えるはずだ。勇者ともこの女とも。


 次の瞬間戦いの呼吸の中で息がつかなくなったヨミが大きく飛び退りカウンターの魔法を放った。男はその魔法をその身の鎧で受け止め、慈愛のような何かがこもった小さく笑みを浮かべた。


「感謝するぞ、魔法使いの女。お前のことはまた会う時まで忘れん。」


「はぁ、はぁ……。一体何を言ってるんですか?まだ戦いは終わってませんけど。」


「ああ、終わらせたくなかった。ずっとお前と戦っていたかったさ。だが、時間切れだ。」


「は?」


「知ってるか?今領主館にこの街の住人と一緒に多くの冒険者と精霊騎士が護衛のために立てこもってるそうだ。リヴァイアサンが出てきたんだ、妥当な判断さ。」


「それがどうしたんですか?」


「つまりはな、今この街には人がいないってことさ。―――()()()()()()()()()()。」


「何を。―――ッ!?」


「おい、てめぇら!さっさと起きやがれ!狂暴化(バーサクラッシュ)!!」


 男から禍々しいオーラが立ち昇りそれは街の臨海部を覆った。

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