夜更け
「あー……。話についていくのがやっとでした。」
「仕方ない。戦争の目的なんてものを知っても、ヨミからしたら忌むものだろう。そんなものの話についていく必要はない。」
「ですかねぇ……。」
密談が終わった時はすでに日付が変わりかけていました。なので、アリエルの空間の力を借りて宿まで直接戻って来たんですが……。
「叔母様、それよりもいいんですか?このままだとリヴァイアサン戦で私の妹が危険な目に遭うことになるんですけど。」
ねぇ?と同意を求めるように私の方を見てくるのは当然のように部屋に乱入して来たティターニアさん。なるほど、確かに以前この部屋まで直接遊びに来たこともありましたもんね。……いや、なんで?流石に疲れたのでさっさと寝たいんですけど。
「娘の決めたことだ、私が口を出すようなことじゃないしそもそも妹ではない。それよりもニア、なぜここにいる?」
「え?久しぶりに会えたんですよ?家族同士いいじゃないですか。」
「それは別に構わんが明日にしろ明日に。今日はヨミも私もリヴァイアサンの相手をしてきたんだ。」
「ああ、それは確かに。では最後に私の魔力をヨミに貸しておきます。」
ティターニアさんは私の前に来ると手をまっすぐ伸ばして来ました。
「ヨミの手を貸して。私の魔力を少しだけあげるから。」
「はあ。でも魔力量には自信があるんですけど……。」
なんというか、ティターニアさんに無駄に借りを作ると後が怖いのでできれば受け取りたくないなぁ、なんて思ったりして。眠いので仕方ないですが、頭で考えてることがあんまり変換されてないような。面倒臭いって思ってることが伝わってないといいですけど。
「知ってるよ?でもね、私の魔力は精霊受けがいいんだよ。人間だった頃から精霊師だったし。」
「精霊受け、ですか。」
「そう。数が少ない精霊師のなかでもほんのひとつまみくらいしかいないけど、今の時代にもいると思うよ。聖女だとか聖人って呼ばれてたっけ。この魔力をあげると、精霊が喜んで全力を出してくれるんだよ。だから戦争でも活躍してくれてたんだ。」
「精霊が喜ぶ……?うちの寝てばっかりの全力ですか。それは見てみたいですが、今頂いてもリヴァイアサン戦には使えませんよ?」
名前も知らない同居人が全力を出す姿を思い浮かべようとしましたが、まったく想像もつきません。どうせ久しぶりに仕事したとかいって寝てますよ、この野郎。
そもそも仮契約とはいえ契約、これからは自由に出てこれるとか言ってたのにアリエルに呼ばれるまで一回も出てこなかったじゃないですか。
「それはまだ覚醒してないからだね。夜の精霊といえど、精霊は精霊。彼らも一人一人ペースってもんがあるんだよ。うちのみたいに速攻で起きて来たけど、ゆっくりしてる子だっているんだから。
それに魔力のことは大丈夫。だってできるでしょ?魔力の支配。」
ヒュッ、と喉の奥で変な音がした気がしました。
「……できますよ?つまり、貰った魔力を常に体の中に行かないように回し続けろっていうことですか?」
「その通り!そして必要な時に私の魔力を精霊に与えるといいさ。その時がきっとヨミが精霊師として完全に羽化する時だよ。
さあ、手を出して。」
おずおずと出した私の手をティターニアさんがゆっくり包み込みました。
ーーー大丈夫。心配いらないよ。
魔力が流れ込んでくる気配と共にふと声が聞こえた気がしました。目の前に立つティターニアさんを見るとイタズラっぽくウインクして笑っていました。
ーーー怖いよね。私もそう。でも私たちがついてる。絶対にいなくならないし、裏切らない。
その言葉は温かい魔力と共に私の胸の中に染み込んできました。
……そうです。体が不老不死となり、生物として人よりも何段階か上の存在になったことで漠然と感じていた不安の正体にようやく確信が持てました。
ーーー叔母様は生まれた時から始祖だったから、私たちの絶望と形容してもおかしくないほどの喪失感には気付けない。だから私たちは真祖なんだよ。吸血鬼となった存在には皇帝だけでなく、王が必要だったんだ。
私は怖かった。目に映るもの全てが脆く、か弱いものと本能的に察してしまった。そして同時に自分が失うものがないとも。だから大事なものを作るのが怖くなってしまった。あの戦いの時、私よりも明らかに強い勇者様でさえ、死んでしまうのではないかと思ってしまった。
突然人の弱さを奪われるように失ってしまった私はもっと弱くなった。この世全てのものの儚さを知り、それらをたとえ一欠片であろうと失うことを極端に恐れるようになったと思います。
これまでの私だったなら、冒険者の義務としてあの3人の命を助けることはしてもそれ以上のことはしなかったでしょう。なのにわざわざギルマスに根回ししたり探偵まがいのことをしたりして立場を守ってしまった。
さっきだって、勇者様を信じて戦いに割り込んだりしなかったでしょう。いいえ、そもそもリヴァイアサン相手に一人で立ち向かうなんて無茶もしなかったはずです。冒険者ギルドに応援を求め、勇者様が来るまで時間稼ぎをしていたはずです。
ーーー今日、ヨミに会えて本当に良かった。私はせっかくできた妹をみすみす見殺しにしてしまうところだった。本当にありがとう。これからもよろしくね。
だから、私も会えて良かったです。かつて勇者様から頂いた困っている人を助けたいという願いが、この世界を守りたいというより身の程からかけ離れたものに昇華されずに済んだんですから。




