引き際
「ふう。これで一旦区切りはついたか。」
アリエルがため息とともに小さく呟きました。アリエルをもってしてもあれは大変な作業だったんでしょうか?疲労困憊とまではいかなくても、結構疲れているみたいです。
「……見られたか。」
唐突に顔を歪めたかと思うと、街の方向鋭い視線を向けています。
「?誰にですか?」
「いや、今は良い。いずれわかる。
それよりもよくやったな。土壇場の無茶ぶりにしてはうまくできていたぞ。」
アリエルは顔からその険しげな表情を引っ込め慈愛の笑みを浮かべてくれました。なんでしょうね、見た目でいえば私と同じくらいのはずなのに、その笑顔を向けられただけで無性に安心を感じてしまいます。本当に、こんな経験をするとは思いもしませんでしたよ。
「そうですか……。よかったです。」
「……さすがに疲れたな。少し休ませてもらうぞ。」
「はい。あとは任せてください。」
アリエルによって自分の攻撃をまともに食らったリヴァイアサンは港のすぐ近くで身動き一つせずに立ち尽くしています。当然ですが攻撃は既に止まっています。
死んでしまったかと一瞬思いましたが、そんなはずはありません。おそらく今は自分の攻撃にさらされた自らの体の回復をしているのでしょう。
「ちょっと待ってくれ!」
アリエルが黒猫の姿に戻ろうと目を閉じた時に突然ここにいないはずの人間の声が聞こえてきました。
「あなたは……。」
思わず呆れてしまいましたよ。自分の仲間が倒れているっていうのにそれを無視してここまで飛んできたっていうことですか。さっきスキルのことで嫌味を言ってきたことといい、本当にしょうもない人ですね。
そして声をかけられたアリエルはだるそうに片方の目だけを開けてその男に視線を向けています。
「なんだ?」
「なぜここで止めるんだ?あんたはリヴァイアサンを倒せるんだろう!?」
「……はぁ、やかましいな。こっちがさっきまで戦ってたのを見てなかったのか。」
「それはそうだが……、それでも!」
「まずは名乗らんか、下郎。見てたのなら分かるだろう。私達は貴様とは格が違う存在なのだと。取るべき礼儀くらいとって見せろ。」
アリエルの気だるげな返しとは対照的にヒートアップしているセロに対してぴしゃりと言い放ちました。
「くっ、……俺はAランク冒険者“神眼”のセロだ。それで答えてくれ。なぜ止めを刺さないんだ!?」
止め、ですか。これには私達にそんな余力があるように見えるんですかね?それにそもそも全力を出せたとしても少なくとも私にはリヴァイアサンを倒しきることはできないでしょう。私の最高威力の魔法が直撃したのにもかかわらずほぼノーダメージだったんですから。
それはアリエルも同じようで、私に“共感”を通して苛立ちが伝わってきます。
「神眼、か。随分大層な名前の二つ名を持ったものだ。名が勝ちすぎているぞ。
それに止めを刺したければ貴様がさせばいいだろう。貴様程度にできるのであればな。少なくとも私はそんなことをするつもりはない。そしてそれは娘も同様だ。」
「なぜだ!?あれさえいなくなれば、この街だって平和になるんだぞ!」
「……面白いことを言うじゃないか。
それで?それは一体だれにとっての平和だ?漁師か?冒険者か?はたまた街の住人か?」
「住人達のに決まっている。俺たち冒険者はそのために活動を……」
「笑わせるな。平和はたかが一人の犠牲で成り立つほど単純なものではない。
それに私がその程度の嘘を見抜けないと思っているのか?貴様は自分のことしか考えていないだろう。それを街の平和のためだと?ふざけるのも大概にするんだな。」
それだけ言うと、アリエルは黒猫の姿に戻り、私の肩の上にフンスといった感じに乗っかりました。私から見ても嘘っぱちでしたからね。本当に自分のことしか考えていないんですから。誰かを思いやるっていうことができないんですかね。
アリエルが突然いなくなってしまったために今度はセロの視線が勇者様に向きました。
「勇者、あんたがうわさに聞くような人間なら、この現状を見過ごせないはずだ!あれが生きている限り、この街の住人はいつ来るかわからない脅威に震えて暮らすことになるんだぞ!」
「……君もAランクの冒険者なら引き際くらい見極められるようになることだな。」
勇者様が返した直後、リヴァイアサンがゆっくりと動き出しました。
「ほら!動き出したじゃねえか!!」
「よく見ろ。あれでも私にまだ攻撃しろと言うのか?」
リヴァイアサンは引き返しそのまま泳いでいってしまいました。その姿はすぐに海底へと消え、素の影すら見えなくなってしまいました。
「今リヴァイアサンに攻撃をしかけたとして、満身創痍に近い私達が勝てる保証があったか?君のいう街に被害を全く出さずに戦いを終わらせることを保証できたか?
君は随分目に自信を持っているようだが、それに頼り切りである以上、もう先はないと思った方がいい。あまりにもおごりがすぎている。
……ヨミ、行くよ。」
「あ、はい!」
勇者様に言われ、その後を慌てて追いかけました。ちょっとボーっとしてたのバレましたかね?さすがにもうセロとか言う男にもこの街にもそこまで興味を抱けなくなってきました。もちろん例外はいますが、それでもしんどいですね。
そんな私達の背中を憎たらし気に睨んでいることに私達は疲れていて気づけませんでした。……まあ気づけていたとしても無視したと思いますけど。




