三つの揺れ動くもの
「……なんだ?まだリヴァイアサンが攻撃してやがる。」
リヴァイアサンの背中の上に乗り、神封の呪杖という古代魔具を手に持つ男がようやく異変に気付いた。ついさっきまで自分の好敵手になりえた数少ない存在の消失に感傷にも似たものに浸っていたが、さすがに長すぎた。
勇者の光龍が消えてからもう1分は経とうとしている。が、リヴァイアサンは攻撃の手を緩めるどころかさらに火力を上げていく。
―――まさか精霊王が手を貸したのか?いや、それはない。彼女の興味の対象はこの街のみだ。たとえ勇者であろうとその街から飛び出して援助になんて来ないはずだ。
―――だとしたら誰だ?あの攻撃に耐え続けることができるような人間が果たしてこの世界に存在するのか?
そんな違和感を抱きながらも、それでもリヴァイアサンの攻撃を完全に防ぎきることができる存在などいない。その確信があった男は残り二本となった神封の呪杖を軽く振った。
神封の呪杖とははるか古代、神話の時代の残留物とされているものだ。その効果は首輪をつけたものにたいする支配の強制だ。しかしその対象を神を含んだすべてのものに広げた結果、出せる命令は5つのみとなっている。
―――あと二回。だが、最後の一回は絶対に使えねぇから出せる命令はあと一回。それを使って精霊王をひきづりださねえとな。
「うおっ!?」
そんな皮算用をしていた時だった。何か、生暖かい風が吹いた気がした。
その直後から言いようもない悪寒が男に襲い掛かった。まるで自分のすべてを握られているかのような圧倒的な不快感。
―――なんだ、この感じは?……いや、これはだれかの支配する魔力空間に入り込んだ時と同じだ!結界魔法などよりも明らかに練度が高い!
一流の冒険者ができる魔力支配。だが、その支配できる範囲はそこまで広くない。自分の手が届く範囲であることが常であり、魔力量が多い魔法使いであっても半径2メートル程が限度である。
だが、その程度の範囲であったとしてもそれは強力なのである。その範囲内であれば魔力感知以上の感度で把握が可能であり、それは奇襲が間違いなく失敗することを示している。そしてそれだけではない。支配されている空間内ではノータイムで魔法を発動させることも可能なのである。なにせ魔力がそこに浮かんでいるのだから。
つまり、支配された魔力空間に入るとは命運を握られているのとほぼ同義なのである。
そしてもし男が感じた気配が本当に誰かの支配する魔力空間に入り込んだのだとしたら、その範囲はこの戦場を覆いつくすのにも等しいものである。
なぜなら正面から向かい打つならまだしも、途中からこの戦いに割って入るのはおそらく誰であっても不可能であるからだ。リヴァイアサンの破壊の咆哮はそれほどまでに強力なのである。
つまり、この戦いの外から魔力空間を支配し、それが男の元にまで届いている。その範囲は多少過剰ではあるかもしれないが、戦場を覆いつくすと見ていいだろう。
「……クックック!まだこんな強者がこの街にいたとはな!楽しませてくれるじゃねえか。」
男がまだ見ぬ未来の宿敵に思いをはせる中、リヴァイアサンの攻撃は完全に遮断された。古代魔具の力を借りているとはいえ、リヴァイアサンと主従関係を結んでいる男にはそのことが分かった。
「はぁー。仕方ねぇ。あんま好きじゃねえけどやるしかねえか。」
男は深く息を吐くと静かに目を閉じた。
男が次に見たのはさっきまで見ていた自分の視界よりも少し下で、それでいて前に出ていた。破壊の波動が微かに形として見える。つまりリヴァイアサンと視界を共有しているのである。
これも神封の呪杖の能力の一つである。鎖がついている相手の視界を見て、音を聞き、臭いをかぐことができる。だがスキル“共感”にも通ずる所があるこの能力はかなり使用者に不快感を与えるようだ。
それでも男がリヴァイアサンの視界を共有しようとしたのは理由がある。リヴァイアサンの目、つまり破壊の神眼から見えるものを見るためである。
破壊に特化しているとはいえ、神の目である。セロの持つ目とは比べ物にならないほどの性能をしており、自分が相対している相手の情報も見ることが可能なのではないかと、男は考えた。
すると案の定、自分の目で見た世界とは全く違った世界がそこに広がっていた。だが、そこから得られる情報はあまりに数が多すぎた。
物体の耐久値、生命の残り時間、空間のほつれ。つまりは破壊に必要な情報がすべて詰め込まれていたのだ。
リヴァイアサンはそれをすべて適切に処理し、攻撃に活用することができる。だが、普通の人間である男にそれは出来なかった。
数秒しか見ることができなかったが、その視界の先に三つの存在が見えた。ろうそくの炎のような形をしているが、一つは消えかけ、一つは煌々と燃え盛り、そして最後の一つは小さいながらも少しづつ大きくなろうとしてる。
―――これが、お前なのか?
その思考の後、男はリヴァイアサンの視界を閉じた。




