魔力の完全支配
「ううぅ……!!」
『集中しろ、ヨミ!私がヨミの中の魔力を安定させているから、それを支配するんだ!』
アーサーの前に飛び出したヨミとアリエルがリヴァイアサンの破壊の波動を受け止めている。厳密に言うと、アリエルの空間の権能を用いて空間そのものに干渉することで攻撃を妨げている、ということになる。
だが、完全にリヴァイアサンの攻撃を止められているわけではない。攻撃の余波が漏れてきていて、ヨミの体に細かい亀裂が走る。吸血鬼の高い修復能力によってそれが瞬時に治るが、その後数秒かからずに再度ヨミの体に亀裂が走る。もしここに立っているのが吸血鬼以外の存在であれば、余波だけで体が粉々に崩れていただろう。
―――魔力の支配……!確かにいつもよりも魔力が思った通りに動いてくれてますね。……ということはやはり、支配の前段階として安定化が必要ということですか……!
ヨミの中で一つの、だが決定的な気づきがあった。強者の登竜門として魔力の支配は知られているが、その前段階である魔力の安定化は知られていない。なぜならば、それに気づけるほどの視野の広さを持てているかも強者としての必要な能力であるからだ。
本人すら気づいていなかったがたった今、この瞬間にヨミは世界の上位者になり得る資格を有したのだった。こののち、それほど待たずして魔力の操作において達人の域に到達することは間違いないだろう。
「ッ!!」
だが、それもこの場をしのぐことができたらの話である。吸血鬼である二人は死ぬことは無いだろうが、アーサーが近くにいた。このアーサーの存在が死なない二人のとってネックであった。
ヨミは当然、命を救われた相手、尊敬できる冒険者として自分にできることはしたいと考えていた。が、それは程度の差こそあれ、アリエルの中にも勇者には死なれては困るという確かな思いがあった。
『その調子だ、ヨミ。そのままだ。』
この時獲得していた唯一のスキル“共感”もあってヨミの心は折れずにすんでいた。体にヒビが入った時の耐えがたい激痛が定期的に襲ってきていたが、それでもアリエルから焦りの感情がまったく流れてこず、ひたすら自信が流れ込んできたためにヨミは心を落ち着けることができたのだ。
―――あれ?
ヨミの中に一つの疑念が迸った。
―――今やろうとしているのは空間断裂による完全防御ですよね?でもそれってリヴァイアサンの魔力が尽きるまで延々と耐えないといけないっていうことじゃないですか?
ヨミの疑念は当然であった。
アリエルがヨミに伝えたことはただ二つ。空間断裂による攻撃の封殺その方法、そしてそれに魔力の支配が必要であること。
そして今ヨミは気づけなかったことであるが、ここで二人が防御を続ける限りリヴァイアサンの攻撃は止まらない。なにせリヴァイアサンは海神である。伝説以上の能力を保持していたとしても何らおかしなことはない。
例えば、その一つに海の上にいる限り無敵であることが挙げられる。海から直接エネルギーを受け取ることでいかなる傷も瞬時に治し、また魔力も補充されるため魔力切れも存在しない。
そのため、かえって攻撃は過激になってもおかしくない。
『ヨミ、今は空間断裂を成功させることに意識を向けろ。今回限りの特別授業だぞ、かけらも無駄にするな。』
アリエルから送られてきた声によってヨミは慌ててその疑念を散らした。今しか得られない経験は魔力を支配する感覚、空間に干渉するまでの道筋など数えきれないほどあった。
ヨミの集中力が増した。
そのため、ヨミの中にある魔力に変化が起きた。アリエルによって安定化させられていた魔力がヨミの中心を軸に恒星の周りを公転する惑星のように回り始めたのだ。
渦を巻くようにヨミの魔力が動き始めたが、それでもまだ完璧とは程遠い。まだ少なくない魔力がヨミの支配を振り切り離れていく。
だが、恐るべきヨミの集中力によってその支配率は少しづつ上がっていく。
その作業はまるで砂場で子供が抱えきれないほど大量の砂をかき集めているかのようだ。多くの砂をかき集めようと腕を広げるが、その時に腕の上にあふれ集めた砂が漏れてしまう。また新しく集めてきたと思っても腕が短くてまともにそれを維持できない。その試行錯誤の結果、子供は腕の大きさ分しか砂を集められないと気づく。
だが、ヨミは砂場にある砂をすべて手の中に収めようとしているのだ。
―――少しづつでいい。少しづつ、魔力を私の支配下に置いていきましょう。そうすれば次第にすべての魔力を支配しきることができる。
惑星が恒星の増していく重力につかまっていくように、ヨミから逃れていく魔力がヨミの周囲をとどまるようになる。
―――そう、別に手元にすべての魔力を治める必要もなかったんです。ただ、私の意識の中にありさえすればいい。
自分の手の届く範囲に魔力をとどめようとしたからできなかった。だって、自分の魔力は自分の手に収まるほどちっぽけではなかったから。
その気づきが魔力の支配を加速させた。
別に砂を手元に全部集める必要はなかった。ただ砂場全体を見下ろせる視野が、監督できる視点の高さが必要だった。手元になくてもそれだけで十分だった。
ヨミから離れていく魔力が少しづつ減っていき、そして完全に離れていく魔力がなくなった。
―――ッ!?
刹那ヨミの中を駆け巡る全能感。それと同時に視界が切り替わったかのように見える世界が変わった。
―――そっか、これまで無駄が多すぎたっていうことですか。魔力は当然、魔法の組み立ても。
今この瞬間、ヨミは上位者の登竜門を叩き、くぐることを許されたのだ。
―――ああ、このまま空間を閉じればいいんですよね。
全てにおいて最適化されたヨミは同時に空間の断裂に必要なことを瞬時に察することができた。必要な部分に魔力が十分に回っておらず、そして過剰に魔力が流れている箇所が複数あった。
―――なら魔力を少しづらしてあげれば……。
ヨミが流れる魔力を調整したその瞬間、
ペキッ!!
何かが壊れる音と同時に空間が絶たれた。
『よくやった。あとは私がやるからよく見ておけ。』
にやりと自慢気に笑ったアリエルの顔が見えた気がしました。




