最強の一角
「……クックック!そう来なくてはな!でなければ拍子抜けだったぞ、勇者!」
「そうなんだ。でも気を付けなよ?これは最低の出力もさっきよりも高いから手加減は難しいから。」
一瞬驚愕に表情を歪めたもののすぐにそれを不敵な笑みで塗り替えた男に対して、アーサーはニコリともせずに答える。
「はっ!そうかよ!」
アーサーのシャスティフォルによって狂暴化を相殺された男はクールタイムが終わるまで再度スキルを発動させることはできない。それはアーサーにも同じことが言え、一定時間シャスティフォルの効果を使うことはできない。
―――Sランクか……!さすがだな。Aランク共とは話が違う。スキルの強度も手数も。
大抵が強力ではあるがその代わり効果が単一になってしまいがちな深淵であるが、アーサーの場合は違った。男と同じ程度の強度を持ちながら、しかもそれが複数中にあるということになる。
なぜ深淵のスキルの効果は単一になりがちなのか。獲得のトリガーである死の経験は一つの生物にとって計り知れないほど大きな影響を与えるのだ。それこそ他の追随を許さないほどに。
だが、ごく少数ではあるがアーサーのように複数の効果を持つ深淵を獲得する者もいる。なぜ彼らは複数の効果を持てるのか。死の経験に複数の解釈を与えているからだろうか。それとも本人の資質によるものなのだろうか。
いいや、彼らはその分だけ死の経験を乗り越えてきているのだ。何度も何度も、自らの心身を生と死のはざまに追いやり、そこから生還を果たしているのだ。
何度も死に歩み寄るなど普通の人間ではできない。それどころか一度その経験をしたものは死に対してより敏感になり、よほどのことがない限りそこに近づくことがなくなる。
―――あの方とは違った強さ!絶対の一ではなく、可変の一!面白い!
「うん。殺すつもりはないから頑張ってね。」
アーサーが間合いの外にいるのにもかかわらず緩慢な動作で剣を振った。
絶対に当たるはずがない。斬撃を飛ばしてくるにしてもそれを飛ばせるほど勢いも魔力もこもっていない。何の脅威も意味もない動作、―――であるはずだった。
それなのに男は全身の鳥肌が立ったような、突然の悪寒を感じた。
―――まずい!
攻撃のために周囲にまき散らしていた魔力を瞬時に集め、再度鎧として構築する。あわよくば、そこから奇襲でも仕掛けようと考えていた男であったが、そんな悠長なことを言ってられないと本能が訴えてきていたのだ。
「ぐッ!?」
アーサーが剣を振り終わったところで、男の上半身にクロス字の斬撃による傷が刻まれた。浅いとは言えない傷を負った男であったが、内心でその程度で済んだことに心の底から安堵していた。
「あれ?……本当に頑丈なんだね。絶対斬ったと思ったのに。」
「はぁ、はぁ……!!」
正体不明の攻撃を受けた男はそれでも膝をつかない。ただでさえ、ジョイマンの攻撃で一度体を剣で貫かれているのにもかかわらず。
男の頭の中ではアーサーの攻撃の原理について、いくつもの可能性が浮かびすぐに消えていく。
―――ありゃ、一体どういうことなんだ?何も攻撃が見えなかったし、気配もしなかった。もしかして噂に聞く因果掌握か?いや、あれはいくらSランクとはいえ手が届く代物ではなかったはず。あの方でも無理だった。となると、その下位互換の能力とみて間違いないだろう。
「はぁ、はぁ……!ふぅ、何となく分かったぜ。」
「何が?って、一つしかないか。これの効果だよね。まあ、隠してるつもりはないんだけどあてられるっていうなら当ててみなよ。」
「因果干渉のスキルの一つだろ?いろいろ制限はありそうだが、大枠はあってるはずだ。」
「まあそうだね。よくあるスキルだからそこまでは分かるだろうけど、重要なのはその制限の方なんじゃないの?そっちは分からないの?」
「……さあな。そっちは見当もつかん。だが、それだけ分かればいい。手の打ちようはいくらでもある。」
因果干渉のスキルは強力だが、その分融通が利かないことが多い。そしてただでさえ深淵持ち同士だと効き目が悪い。また自分の望んだ形を現実に落とし込むことが大本であるため、その取られた先を制するような動きをすればいい。つまり肉を切らせて骨を断つ戦法である。
「うらぁっ!!」
男は荒々しい気合と共に拳を振りぬいた。Aランクにしたような飛行魔法を妨害するというよりは撃ち落とす勢いで威力を集中させていた。
―――おそらくこれは当たらないだろう。そしておそらくその陰に隠れてアーサーは攻撃を仕掛けてくるはずだ。その攻撃を受けきって、カウンターで叩く!
頭の中でそんな計画を立てながら男は攻撃を放った先に立つアーサーの様子を注意深く見ている。しかし男の拳によって放たれた風の弾丸とでも言える攻撃の行く先で、アーサーは身動き一つしなかった。避けもせず、剣を構えようともしなかった。
そして男の攻撃がアーサーへと命中した。が、アーサーは何も攻撃など食らっていないかのようにその場に静かに浮いている。
「何?今の。やる気あるの?」
「バカなッ!?」
服についたほこりを払うかのように服をはらったアーサーは心底軽蔑した目で男を見据えていた。




