二律背反
「あなたは……!」
リヴァイアサンの上に立つその男の大きな体には体中に大小様々な古傷があり、それでも肉体は鍛えられている。顔はフードに覆われ影になっているためあまり見えないが、窺える範囲で顔にも深い傷跡がある。そして以前ヨミと遭遇した時に爛れていた右腕は包帯で乱雑に包まれ、見せつけるかのようにさらされている。
「思い出したか!?そうだ、俺様だ!お前のおかげで命を取り留めた!」
街に届きそうなほど声は大きく、思わずヨミは顔をしかめた。
「本当に感謝するぜぇ……!あの時、お前がいなければ今こうしてリヴァイアサンを手に入れることもなかった!」
「…………。」
「だが今!何の因果か、お前は今死にかけている!!」
「…………。」
「なぁ、おい!これほど愉快なことがあるかよ!?」
「…………。」
「……なんだよ、だんまりかよ。つまんねぇな。」
つまらなさそうに男は手に持った杖を振った。その杖の先には鎖が3本付いていて、その先にはリヴァイアサンの首につながっている。
「……なぜですか?」
「んあ?なんか言ったか!?」
「なぜかと聞いているんです!一体何が目的でそんなことをするんですか!?」
ヨミの声は大きいというわけではなかったが、それでも男と同じくらいには響いた。
「おお!死にかけのくせにいい声が出るじゃねえか!いいだろう、お前の強さに免じて答えてやる!
―――俺様の目的はただ一つ!ただひたすらに、限界を超えて強くなることだ!」
男の声が静けさに包まれた上空、そして街に響く。
「この街にはいるんだろう!?Sランクの冒険者が!俺様はそいつと戦って、さらなる強さを手に入れる!ただそれだけだ!」
「そんなことで……!」
「そうさ、そんなことだ!所詮動機なんてものは単純なものでしかない!だが、そんなことが俺様にとっては何に変えても必要な物だったということだけだ!」
男の言っていることは一理あった。特に彼らのような猪突猛進を字に書いたような人にとっては動機など、単純であればあるほどいい。
「……他の手段はとれなかったんですか?もう、本当にこれしかなかったんですか?」
「ああ、ないな!ならあえて俺様もお前に聞こう!なぜそんな体になってなお!俺様の前に立つ!?何がお前をそこまで突き動かす!?」
男は試すようにヨミに問いかける。所詮はお前も俺様と同じだろう、と確信を持ちながら。
「……そんなの決まってます。ただ、困ってる人を助けたいというだけです。―――できることならこの世界中の困っている人を。」
「ほお?」
「ですが、それはできないと分かってしまった。だって、善も悪もそれは同じことだったから。」
「この世界の全員にとって都合のいいことなんて起こらない。享受する者がいれば略奪される者も同時に存在する。此方の正義は相手にとっての悪で、反対もそれはしかりだった。」
「つまり、正反対のはずのものがなぜかイコールでつながれていた。そのどうしようもなく根深く、認めたくないほど醜悪な矛盾が人を狂わせたのだと思った。」
「でもそれは言ってしまえば人の原罪で、人である限りどうすることもできないのだと分かってしまった。そして同時にそんな狂ってしまった人の救済には犠牲が必要なのだと。」
「だから、私は決めた。私がその犠牲になってやると。光があるためには影が必要なら私が影になってやる。だからお前らは勝手に輝いとけ、と。」
「それはお前にも言えることだ。」
ヨミがその体から異質な魔力を高ぶらせながらそう言い放った。その魔力は光と炎の粒子となって彼女の周囲にこぼれた。
「……そうか。お前さんならあのお方とも気があっただろうにな。残念だ。」
男が小さく呟いた直後、ヨミの体から力が抜けた。魔力も引っ込み、浮遊の魔法が解けてその体が力なく落下していく。真下には砂浜が広がっている。
が、その途中で光が再度彼女を包み込んだ。その光はすぐに人の形を取り、彼女を支えた。その整った顔を心配に染めながらヨミの様子を伺う。息をしていることに安心したのか、緊張の気配が彼から消えた。
ゆっくりと顔を上げた次の瞬間には彼の顔には明確な怒りが浮かんでいた。
「お前か。ヨミにこんなことをしたのは。」
「ひゅう!誰かと思えば勇者様じゃねえか!そんなん聞いてなかったな!」
「怖気づいたのか?」
「まさかな!戦争までお前と戦うのはお預けだと思ってたぜ!さぁ、殺し合おう!今すぐに!」
戦闘狂。アーサーから見た敵の印象はそうだった。死を恐れていないのは自分の強さに自信があるからだけではないだろう。たとえ、死んでもいいと思っているに違いなかった。
「……心底残念だが貴様の相手は私じゃない。どうやらこの街のことはこの街の冒険者がやる、だそうだ。」
「そうだ!お前の相手は俺たちだ!!」
アーサーの後ろから10名近くの冒険者が飛び出してきた。




