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小さくて大きい覚悟

 無理をした代償か、ヨミの鼻から血が出てきた。


 限界が近いことを察したヨミはその血を乱暴に拭いながら方針を立てる。


 ――残された時間は短そうですね。となると、全力を出さないといけませんね。倒せなくとも、ここから確実に追い払わないと。


 ヨミの全力はオリジナル魔法黄泉平坂より(メメントモリ)である。だが、この魔法には欠点があった。


 一つは魔法発動までの時間がそれなりにかかってしまうこと。そしてもう一つは魔法の特性上、異質な死の気配を放ってしまうこと。


 最悪の場合、ミノタウロス戦と違って結界の中心地を自身にしていないこの結界魔法の中であってもヨミの居場所を割り出されてしまうかもしれない。そうでなくてもその魔法の前兆を確実に読み取られてしまう。


 だが、残された時間はどんどん減っている。


 ヨミは黄泉平坂より(メメントモリ)の発動を決意した。


「……闇淀の煌めき、黄泉路の果てよりッ!?」


 漂い始めた死の気配を敏感に察知したリヴァイアサンが即座にその大きな両翼を羽ばたかせることで抵抗に出た。


 伝説には語られていないが、そもそもリヴァイアサンは神である前に生物の頂点に位置する龍である。ある時は雲を作り雨を降らせ、ある時は雲を払い空を開く天候を操作できる天空の支配者である。


 つまり、その神であるリヴァイアサンが翼を羽ばたかせればどうなるか。その圧倒的な風圧ですべてを吹き飛ばす。たとえそれが魔法で作られた吹雪であろうとも。


 ――やってられないですね。理不尽すぎます。


 強風によって結界の端まで吹き飛ばされたヨミは独り言ちる。結界魔法によって晴らされるたびにすぐに吹雪が結界内を覆うが、それでもきっといつまでもはもたない。結界魔法の吹雪を発生させる速度よりも、リヴァイアサンがそれを払う方が早いのだ。だから少しづつ確実に吹雪が消されていっている。


 つまり、結界魔法がハリボテになるのは時間の問題であると言えた。


 ――こんなことなら初めから結界の一番上でやっておくべきでしたね。


 強風によって結界の壁に押し付けられ、身動きが取れないヨミはそんな後悔を口にしながらも頭を回す。とはいっても今のヨミにできることは限られている。


 結界魔法の解除、もしくはここから黄泉平坂より(メメントモリ)をリヴァイアサンにあてる。


 だが結界魔法の解除はどうやってもできない。今の状態で解除すればとてつもない強風が領都を襲うことになる。そうなってしまえば、街は壊滅してしまう。


 次にここから黄泉平坂より(メメントモリ)を当てることだが、それも難易度が高かった。当たりさえすればおしまいのこの魔法だが、その分速度はかなり遅い。あの巨体だから外すことはあまり考えられないが、それでも神龍である。何をされてもおかしくない。


 ――仕方ない、ですかね。


 ヨミは小さく覚悟を決めた。その覚悟の下には何があっても自分は死なないという確信があった。




 リヴァイアサンは絶えず風を浴びせ続ける。


 少しづつ広がる視界に再度苛立ちと喜びを感じていた。かの神は翼を何かを払うためにそう何度も羽ばたかせたことはなかった。最高でも一度振るわせればすべてを吹き飛ばすことができたためだ。


 それなのに修復の速度があまりにも早かった。おそらく神龍である自分でなければこの吹雪を払うことはできなかったと確信できるほどである。


 相変わらずこの魔法使いの姿は見えないが、それでもそのじれったさのようなものが翼を振るうのを後押しした。ますますその勢いが増していく。


 そしてとうとうそのすべての吹雪を振り払ったところでようやく結界の端に佇む敵の姿が見えた。相変わらず大きな帽子をしていて顔は見えないが、おそらく少女なのだろう。随分無茶をしたのか彼女から感じる魔力が随分弱くなっている。


 リヴァイアサンからしたらその程度で済んでいることが驚きである。神龍とたった一人で渡り合い、ここまで時間を稼いだ。


 これまで何度もその拮抗が壊れそうなタイミングはあった。


 最初の攻撃しかり、結界そのものの破壊も考慮に入れていた羽ばたきも。神眼を使った攻撃にしてもそうだ。少しでも視界の中に入っていれば死んでいただろう。


 だが、どうやらさすがにここまでのようだ。結界内に吹雪が満ちることはなくただの結界だけとなった今、もう打つ手は無いだろう。少し不気味な気配がしたがそれをするほど力は残っていないようだ。


 リヴァイアサンは自分をここまで足止めしたその少女の顔を見たく思わず近づいてしまった。



 命の取り合いにおいて、たとえ世界のどこであろうと、いつの時代であろうと変わらない鉄則があった。


 それは勝利を確信した時こそ、最大限の注意を払わなければならないということである。それを肝に銘じるように格言のようなものはどこの地域にも残っている。たとえ、もう殺し合いから縁遠いようなところであったとしてもだ。


 リヴァイアサンがその手をヨミに向けた時、ヨミが顔を上げた。


 予想した通り少女のような外見。特筆するようなものはなかった、はずだった。白い肌に白銀の長髪。小さい口、すっと伸びているが少し低めな鼻、つぶらな瞳。


「ッ!?」


 そう、瞳だ。彼女の目は朱く染まり、そしてその内側で魔法陣が多重に重なっていた。


 金縛りにあったかのようにリヴァイアサンの体が固まった。


 それは一秒に満たない本当に短い間のことだった。


 だが、そのわずかな時間がヨミには必要だった。


「……黄泉平坂より(メメントモリ)


 その小さな声が聞こえた時にはもうリヴァイアサンの体は動いていた。が、その時にはもう遅かった。ヨミの手が一切の光を通さぬ真っ黒に染まりきった時だった。


 いかに神龍と言えど躱すには近すぎた。


 思わず鋭いかぎ爪がついたその手を少女にまっすぐ伸ばした。


 その爪が少女の体に突き刺さると同時に、少女の手から伸びた特大の不吉を孕んだ闇の手が自身の胸に触れたのは同時だった。


 直後、何かがはじける音が結界を超えて響き渡った。

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