初めての海です。
場所は変わって領都南部。きれいな海に隣接している港の側にある少し大きめな家です。どうやらここに件のおっちゃんがいるそうです。
「ここです。少し話してくるので少しだけ待ってて下さい。」
「分かりました。」
それだけ言うとジャイロは家の中に入っていってしまいました。
ふと後ろを振り返ると広い海が広がっています。その手前には砂浜が広がっていて、ちらほらと人の姿が見えます。そんな広い砂浜の中央に木造の港が作られており、そこには漁が終わった後だからか、たくさんの船が浮かんでいます。
嗅いだことがない不思議な臭いが充満する砂浜に一歩踏み出すと、少しべたついたような風が肌をなでてきます。
「海は初めてッスか?」
「そうですね。川は見たことあっても海はありません。景色はすごいきれいですけど、空気が少しべたついていますね。あと少し変な臭いもします。」
「潮風ッスね。変なにおいがする原因はいくつかあるそうッスけど、一つは海の中で死んだ魚の死臭だそうッス。それ以外にも海水が塩水であることとかもあるそうッスね。」
「へぇー、そうなんですね。確かに死臭に近いかも……?」
こんなきれいに輝く海は残酷な殺し合いの上にあるんですね……。複雑な気分になります。まるでこの世界の縮図の様で。
「お待たせしました。お願いします、ヨミさん。」
「……はい。分かりました。」
少し名残惜しいですが海の光景に背を向け、ジャイロの元に向かいます。さて、予想が外れてるといいんですけどね。
ジャイロに案内された家の中は小さな事務所の様でした。いくつかの机が置かれ、そこで人が働いています。……驚きました。扉は巨人用だったのでてっきり中には巨人族がいるものと思ってました。
すると、奥から一際大きな女性が出てきました。老齢なその女性は巨人族でしたが、筋肉質な体つきをしていて今でも現役の冒険者と同等以上に戦えそうです。体の大きさは剣士の強さの直結していますからね。
「ああ、あんたが二人の師匠様かい?」
「はい。Bランク冒険者のヨミと言います。」
「旦那を助けてくれるんだってね、ありがとうね。私はドン=ジャイカ。ここの女主人さ。」
「よろしくお願いします、ジャイカさん。」
「お願いするのはこっちなんだけどねぇ。ついてきてくれ、奥で寝込んでるから。」
「はい。できる限りのことをさせていただきます。」
ここで働いている人の軽く頭を下げながらジャイカさんの後をついていくと、一つの部屋の前で立ち止まりました。ちゃっかりジャイロとアイシャもついてきてます。そこは家の中でも端っこの方で、おそらく隔離しているんでしょう。回復魔法やポーションが効かない怪我を負っているんですから、万が一のことを考えるのは当然ですね。
少し振り返ると、ジャイカさんは少し悲し気な顔をして扉を開けました。
「あんた、ジャイロ達の師匠様が来てくれたよ。」
扉の先には私が5人くらい寝れそうなほど広いベッドが置かれていて、その上でこれまたでかいおじいさんが苦しそうな顔をして寝ていました。
「……あ、ああ。話は、聞いて、た。すまんな、大した、もてなしも、できなくて。」
「お気になさらず。それではとりあえずできることをさせていただきます。」
容体はやはり危険ですね。あと少しで手遅れになるところでした。急いで手をかざして回復魔法を発動させます。手が青い光に包まれ、それと同時におじいちゃんの体全体が同様の光に包まれました。
「……これは。」
やっぱりそうですか……。まったく手ごたえがありません。悪い想像が当たってしまいましたね。となると返って私が来た方がよかったかもしれません。勇者様でもこれは治せないでしょう。
小さく息を吐いて、魔法を止めました。
「どうなんだい、師匠さん。バンキは、旦那は助かりそうかい?」
「もう少しお待ちください。お気づきかもしれませんが、これはただの怪我ではありません。詳しくは後程説明しますが、―――少し集中します。」
これから使うのは使った事のない魔法です。回復魔法とは似ているようで、まったく違う魔法です。
水の系統は大きく二つに大別されます。攻撃の氷と、援護の水。いまからつかうのは後者です。
ジャイロ達にも魔法はイメージが重要だと説明しましたが、これからそれがどれだけ重要かを見せてあげましょう。
傷口を水で流すように、熱を出した時に水で濡らしたタオルを額に当てるように、水には物をきれいにしたり、穢れを払う、つまり浄化の意があります。―――これを魔力を媒介に全力で現実に魔法として抽出します。
「青き流れ、破邪の輝き、浄水の円環
完全詠唱 水属性結界魔法―――薄邪の清泉」
おじいちゃんの胸の上に透明な青い円が出来上がりました。そしてそれは次第に大きくなり、この部屋いっぱいまで広がるとようやく止まりました。その青い円はまるで湖の水面のようになだらかに揺れています。
直後、おじいちゃんの体全体が闇色に包まれ、その闇は少しづつ流されていくように青い円に紛れていきます。これならすぐに持ち直すでしょう。
その様子を眺めながら私の脳裏に一つの単語が浮かび上がりました。
―――3大禍死呪。呪いの中でも最高位に位置する呪い。直接相手を殺す呪い、必死呪よりも難易度ははるかに高く、それでいて残虐で残忍で解くことが難しい呪い。死よりも深い絶望を対象に刻み付け、その果てに魂すらを破壊すると言われる。
狂死呪、不死呪そして死滅呪。いずれも凶悪で使用が禁忌指定されている魔法です。




