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怒り

「侵入者を見逃しただけでなく、施しを与えただと?一体何の冗談だ?」


 ヨミの向かいに座るティターニアの小さな体から大量の魔力が放出され、それは風となって髪を揺らしている。そしてそれと同時に他の何かの気配も……。


「ティターニア、落ち着け!」


「うるさい。今はお前には聞いてない。」


 立ち上がったアーサーには一瞥もくれずに、ヨミの方をギロリと音が聞こえてきそうなほど睨みつける。ともすれば殺意すら宿っているのではないかと錯覚するほどのそれを向けられたからか、ヨミの体が小さく震えた。


「答えろ、ノア=スプリングフィール。勇者の従者。一体何のつもりで害虫に施しを与えた?」


「……ッ。」


「だんまりか。


 いいか、小娘。ここは、この領都は5000年以上かけて、ようやくこの形に落ち着いたのだ。外見の違い、能力の違い、――ひいては種族の違いを一笑に付し、個を個として尊重できる理想郷を創り出すために。」


 ティターニアは怒りから大量の魔力を放出し続けている。その魔力を受け取った精霊が精霊使い以外にも見えるくらい顕現化してしまっている。


 多様の精霊が少女の周囲を舞うその光景は、一見すると幻想的であった。だが、魔法に少しでも覚えがあるものは震えて立ち上がれなくなるほどであるだろう。なにせ火山が噴火した時のマグマの如く、大量の魔力が彼女の体から敵意を持って放たれ続けているのだから。


「その間何度も戦いがあった。大量の血が流れ、その血がより苛烈な戦争を呼んだ。


 そんな中、拳ではなく、言葉を交わそうと何度も声がかれるまで訴えた。分かり合えるはずだ、その違いはきっと乗り越えられるはずだと。


 私達の(コーパス)は、誰であろうと外海に関わらず同じ形をしているのだからと。」


「……」


「私達を敵視した勢力から狙われ、何度も同胞を失った。かつて友だったはずの血の池の中で絶望した。こんな連中を救う価値があるのか何度も自問した。


 何度もまとわりつくその誘惑を振り払いながら理想を追い求めた。心が折れ、それを何とか奮い立て突き進む。それを無数に繰り返すうちに心がすり減っていくのを感じながら、その果てにたどり着いたのがここだ。


 この理想郷は無念のうちに死んだ無数の骸と夥しい量の怨嗟の血の上にできている。」


 ティターニアの声はその背後にある抑えようにない怒りをどうにか押し込んでいるかのようにとても静かだった。だが、そんな声であったとして彼女が放っている魔力の量は少しも減っていない。


「ここが一体どれほどのものなのか、分かっただろう?


 なぜ、この街を混乱に陥れるような真似をした?」


 その問いは静かな声とは裏腹に、彼女の意思に反するような答えだった場合何をするかわからない不吉な気配を纏っていた。


「……ただ、私は自身の信念に従ったまでです。それ以上でも以下でもありません。」


「信念だと?」


「はい。一度死んだ私を今こうしてまた奮い立たせてくれる、命と同じくらい大切な物です。これを一度でも裏切ってしまえば、私は生に希望を見いだせなくなるでしょう。」


「……その命にも等しい信念とやらは一体何なんだ?」


 目を紅く怪しく輝かせながらティターニアはそうヨミに問いかけた。


「……困っている人がいたら助ける。ただそれだけです。」


 アーサーからの受け売りのその言葉が彼女の口からまっすぐに紡がれた。これまで彼女はそうして生きてきた。ウリオールの街で酷い裏切りにあっても、守っていたはずの住人から剣刃を突き付けられたとしても、彼女は最後までその信念だけは曲げなかった。


 面倒くさい、なんで私がこんな人たちのために命を削らないといけないの、と心の内側で嘆いていたとしても、彼女はそれを押し殺した。ともすれば、病んでしまうかもしれない精神状態だったが、それでもやりきったのだ。


 そんな彼女の答えを聞いたティターニアは目を元の新緑の瞳に戻すと興味なさげに呟いた。大量に放出していた魔力も引っ込めた。


「……そうか。もういい。


 お前の命に等しい信念とやらは虚飾と欺瞞でできているのだな。」


「……そうかもしれませんね。」


 精霊との会話を通じて、自分が意図せずうちに嘘をついてしまっていることを把握していたヨミはそう答えるしかなかった。


 なにせ、ティターニアが問いかけてきた時に怪しく光ったが、それは契約時の精霊の目とまったく同じ色だったのだ。おそらくヨミも分かっていたのだろう。


「お前のことは信頼できない。勇者、明日の朝に一人で屋敷に来い。その時に情報共有用の精霊をつける。」


「……ただでさえ人手が足りないって話だったはずだよ。本当にヨミを除いた3人でやるつもりなの?」


 席を立ったティターニアはヨミたちに背を向けて部屋の隅に歩いていく。


「仕方ない。お前の従者はこの街の愚民どもと同じくらい信頼できん。……ああ、別に害するつもりはないから安心しろ。ここで過ごしたければ勝手にすればいい。


 カレン、帰るぞ。」


 振り返ることなくそう告げると、何もない空間に手を伸ばした。すると空間に水面に浮かぶような波紋が生じた。おそらく空間転移の魔法が発動しているのだろう。


「……私はもうちょっとここに残ってく。先帰ってて。」


「分かった。好きにするといい。」


 それだけ告げるとティターニアはその揺蕩う空間に飲み込まれるようにしてこの部屋から姿を消した。

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