邂逅
「いやー、突然重たい話をしちゃってごめんね。」
「いや、それはいいんですけど、私が聞いてもよかったんですか?結構重要、というか機密扱いでもおかしくないレベルの話でしたよね?」
今私達はお屋敷から出て、教えてもらったおすすめの宿に向かっているところです。多くの露店が出ている大通りをてくてくと歩いています。
「別に大丈夫だよ?知っておいてもらった方が便利だし。口外はしちゃだめだけどね。」
「ですよねー。」
まずいこと知っちゃいましたねー。どうしましょう。もう逃げられないですよー……。
「……ノア=スプリングフィールとは誰か聞かないのかい?」
「え?ああ、そういえばそんな話もしてましたね。まあ勇者様がしたいと思った時にしてくれればそれでいいですよ。」
私に似てる人がいたとかそういう話でしょう。まああのティターニアさんが言ってたことは若干気になりますが。彼女が言っていることが確かなら私はヨミではなく、ノア=スプリングフィールになるということなんでしょうかね?
「そう。うん、また今度話すよ。ありがとうね。」
「いえいえ。それでこれからどうするんですか?このまま無視して王都に帰るなんてことできませんよね。」
「そうだね。とりあえず彼女の協力をしておこうか。このまま知らないふりをして帰るなんてできないよ。」
「ですねー。」
「じゃあ、これからの方針は宿についてから話そうか。落ち着きたいしね。」
「そうしましょう。せっかくですし、今は観光をしておきたいです。あそことか随分不思議な物を売ってますよ!あんなに大きな魚を串みたいなのに刺して焼いてますよ!」
「そうだね。行ってみようか。」
大通りで売られているのは軽食は当然、日常生活をおくるための食材そのものも売っている。そのためこの領都に住む住人もここで買い物をしているので常ににぎわっているのだ。
今の時間帯はちょうど夕方と冒険者達が帰還してきてる時間帯であるため、一日で一番混んでいるのだ。ここの冒険者達は露店で食事やお酒を買って、それを中央部にある共用のフリースペースで楽しむという他の街の冒険者とは一風変わった習慣を持っている。冒険者ギルドはあくまで依頼の受注と達成の報告のために行くもので、決して冒険者達がお酒を飲むような場所ではないようだ。
そんな中をヨミとアーサーはついさっき買った夕飯を手に歩いていた。
「ここはすごいですね。住人と冒険者の間に垣根がまったくないです。ほら、あそことか冒険者とここの住人が同じ卓に座っていますよ。ウリオールではそんなことなんてありませんでしたよ。」
「あの街は珍しかったね。あそこまで冒険者に理解がない住人が多い街は少ないと思うよ。まあ定期的にスタンピードが起こるっていうのが原因かもしれないけどね。」
「ですかねー。」
二人がティターニアとカレンに勧められた宿の名前は“光精霊のまどろみ”。中央のお屋敷から南に大通りを5分程歩いたところを右折するとすぐそこにそれはあった。大通りに近い場所にあるこの宿はこの領都で一番大きく、高価なものである。
「……た、助け……て……。」
そんな場所に一人の男が倒れていた。
大通りに面したお店とその宿の間にある裏路地に隠れるように倒れていたその男はボロボロで、右腕は焼き爛れ、見える範囲である顔にも大量の傷がついていた。
「ッ!?大丈夫ですか!?どうしてそんな傷を!?」
「ちょっ、と、……しくっ、ちまった……。」
「ちょっと黙っててください。簡単な回復魔法だけかけてあげます。」
ヨミの手が淡い水色の光が包まれ、それと同時に男の全身が青い光に包まれた。
次第に荒かった男の呼吸が落ち着いていき、体の傷もふさがっていっているようだ。だが、さすがに爛れてしまった右腕を治すことはできていない。
「私にできることはしました。あとは治癒院に行くなりギルドに行くなりして自分でどうにかしてください。」
「……すごいな。光魔法じゃないのにここまで回復させることができるのか。ありがとう。」
「いえ。それでは気を付けてください。」
やることは終わったと、そのまま立ち去ろうとするヨミの背中に男が声をかけた。
「ちょっと待ってくれ!いつかきっとこの恩は返す!だから名前だけでも教えてくれないか?」
「私はヨミです。ただの冒険者ですよ。」
それだけ言い残すとヨミは裏路地から出ていってしまった。
残された男の顔に醜悪な笑みが浮かんでいることに気づかずに。
裏路地を出たところでアーサーは待っていた。その手には二人分の夕飯が入った袋が握られている。
「すいません。お待たせしました。」
「いや、僕は全然大丈夫だよ。それよりも彼は大丈夫そうだった?」
「そうですね。簡単な回復をしてあげたので自分の足で冒険者ギルドなり行けるでしょう。」
「そっか。じゃ、行こっか。カレンが部屋を取っててくれたみたいだけど、どうやら結構高い部屋らしいよ?」
「そうなんですか!?それは楽しみです!」




