勇者様の友人
「……そろそろだね。まだ彼女はこんな広い所に一人で住んでるのかい?」
「そうですね。私達も夜はこちらで休んでいますが、それ以外は街の外にいるので普段は一人ですね。」
「そっか。相変わらずだね。」
メイドさんの言葉で若干重くなった車内の空気を払拭するように勇者様が馬車の窓をちらりと眺め、目的地に近づいていることを教えてくれました。
「Sランクの冒険者はみんな独特じゃないですか。もちろんあなたも含めて、ですが。」
「耳が痛いね。まあ無意識のうちにやってることが多いからしょうがないよね。」
「そういうもんですよね。」
勇者様の言葉に呆れたようにメイドさんが返してきます。勇者様が独特だっていうのは初耳ですが、あの屋敷に住んでいる彼女の主も独特な方なんですね。
……でもあの広さの屋敷に一人で住んでいるんですか。……でかいですねぇ。
「到着です。主が待っているので行きましょう。」
……ん?いや、まあ気にすることではないですか。
メイドさんと勇者様がそそくさと馬車から降りていくので私も慌てて後をついていきます。私達が下りると馬車が閉まり、御者さんが屋敷の裏の方へと向かっていきました。
「ついてきてください。迷わないとは思いますが、広さだけは十分以上にありますので気を付けてください。」
それだけ言うと、メイドさんはすたすたと屋敷の正面入り口の中央扉を開けました。左側には4分の1ほどの大きさの扉が、右側には2倍近くの大きさの扉がありました。小人さんと巨人さんが使うんでしょうね。
メイドさんに連れられて屋敷の中に入るとそこにはとても広いパーティー会場のようなものが広がっていました。一階すべてがただ一つの用途のみに使われています。領都内の誰でも入れるように高さと広さを十分に確保しているということは分かりますが、それでも広すぎでは?街中で見かけた巨人さんでも軽く50人くらいは入りそうです。
メイドさんの後ろをついていくとフロアの端で足を止めました。その足元には魔法陣のようなものが刻まれています。魔力で作ったわけではなく、物理的に刻み込んでいるんですね。
「ここから主が引きこもってる2階に移動します。少しだけ目をつぶっていてください。」
いわれた通りに目を閉じると、一瞬体が浮いたような周囲から風が吹きつけてきたような、謎の感覚の後にわずかな冷気が肌を刺激してきました。
「はい。もう目を開いていただいて大丈夫です。
到着しました。ここがSランク冒険者“精霊王”のティターニアの住居です。」
目をゆっくりと開くとそこにはあまりに謎な光景が広がっていました。円形の部屋の壁はガラスでできていて、街の光景を一望できるようになっています。不思議なことに外から見た時には一階の外見と同じく明白いレンガのようなものでできていたはずですし、なんなら形も円形じゃありませんでしたけど、内側から見たら違うようです。
そして部屋の広さは1階とほぼ同程度と異常な広さをしています。は?って思いましたけど、本当にそれくらいの広さがあります。
そしてそのひっろい部屋の中央に大きなベッドとその側に申し訳程度の執務机が置かれています。執務机にはこれでもかと大量の手紙が積み重ねられていて、ほとんどを手付かずのまま放置していることがうかがえます。
そしてティターニアと呼ばれたこの部屋の主は
―――ベッドの上で布団にくるまっていました。
「……ん。寒い。サラマンダー、暖めなさい。」
にゅっと布団から手が飛び出し、それと同時に彼女の言葉が布団の中からかすかに聞こえてすぐに部屋が少し暖かくなりました。少し寒かったのが快適に過ごせるくらいな室温に変わり、それに満足したように手がすごすごと布団の中に戻っていきます。
「待ちなさい。」
いつの間にかベッドの側まで移動していたメイドさんがその手を掴みました。そしてもう片方の手で布団をはぎ取りました。
「ひうっ!?」
「いったいいつまで寝てるんですか?昨日あれほど言いましたよね?客人が今日来ると。なんですか、この体たらくは。」
「お、落ち着くんだカレン!別に忘れてたわけじゃない!ただ、昨日お前が寝ている間に……!」
「いいわけですか?客人の前でみっともないですよ。」
「いやっ!いいわけじゃなくてだな!って確か勇者が来ていたんだったな。ちょうどよかったぞ!お前も聞いてくれ!」
言い訳じみたことをつらつらと大慌てでまくしたてるこの屋敷の主は、そこまで言って私達の姿をその視界に収めました。
ベッドの上で勢いよく起き上がった新緑の長い髪の女性は私をその深い緑の瞳に収めると、なぜか驚愕の表情にその小さい顔を染めました。
「まさか生きていたのか!?ノア=スプリングフィール!」




