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事の顛末 2

「……ねーちゃんを侮辱するな。」


 何をされたのかまだ理解できていないような顔でコウセツを見上げていたグエルであったが、その言葉で現状を理解できたようだ。


「侮辱だと?事実を言っただけだろうが。デュアルキャスターだがなんだか知らんが、実力もない、経験もない、そんな雑魚が俺よりも上のランクにいるとか、んなこと許せるわけねーだろうが。」


 立ち上がりながらそう罵声を浴びせる彼の目は血走っていた。それでもそれ以上の怒りに身を支配されているコウセツはそこに恐怖を感じることはなかった。


「はっ、ちっせえな。そんなんだから誰もお前らの後ろを歩こうとはしない。誰もお前らに憧れたりもしない。実力もないし経験もないのはてめぇらのほうだろうが。」


「……なんだと?」


「憧れはともかくとして嫉妬もされてねぇようじゃ、話にならねぇよな?お前らが散々バカにしてきたねーちゃんはそのどっちも持ってるぜ。」


 コウセツの言う通りであった。少なくともアリスとイリス、そしてコウセツ、エリザ、ジュンはヨミに憧れ、でもそのあまりに開いていた実力差からその身の振り方に悩んでいた。


 同じ立場にいてもいいのか。同じ仲間でいてもいいのか。足手まといになっていないか。天才と共にいる資格は自分にあるのか。


 そう自分に問いかけ続けた彼らだからこそ感じるものがあるのかもしれない。


 そしてそれは他の冒険者達からしてもそうだった。あまりに住んでいる世界が違う天才を前に凡人が取れる選択肢はそこまで多くない。ひたすらはやし立てるか、おべっかを使ってすり寄るか、はたまた難癖をつけて僻むか。


 彼らからしたらヨミは目指すことすら不可能だと無意識のうちに感じてしまうほどの天才だった。そして前回のスタンピードを経験した冒険者達は彼女の実力を知っている。ただデュアルキャスターと認められた魔法しかできない少女ではないと。称号に裏付けされた確かな実力と圧倒的なまでの努力量を。


「誰に憧れようが僻まれようが、俺には関係ねえ。住んでる世界が違うからな。お前も虫けらにどう思われようが何も感じねえだろ?それと同じだよ。


 俺はお前ら虫けらとは違う。俺にしか見えない世界ってもんがあんだよ。」


 対してグエルは一貫して自らを立てる。自己中心的と言えばそれまでだが、自分のことを心から信じられる人間も珍しい。


「はっ、お得意の千里眼でか?てめえみたいな俗物には過ぎたもんだろ。」


 あざ笑うようにコウセツがグエルのスキルの名を口にした。グエルがスキルを持っていたということを知っているものはギルマスのみ。それ以外の人には多少なりとも衝撃が走った。


「……ハハッ!言いすぎだ、クソガキ。」


 その隙にグエルが自身の胸下あたりの背丈のコウセツ目掛け、無造作に前蹴りを放った。


 あまりに自然な動きで攻撃の意思も感じられなかったためにその場にいた全員の行動が遅れた。高位の冒険者は間に入ることができず、そしてコウセツは直接鳩尾に蹴りを食らった。


 鈍い音と共に壁に吹っ飛んだコウセツは地面に崩れ落ちた。激痛故か、それとも気絶しているのか起き上がる様子はない。


「この目は俺の力だ。お前らみたいな剣やら魔法とかいったちゃちなもんじゃねえ。


 ったく、目障りな虫けらだな。ここで殺しておいてやるよ。」


 そう言うと、コウセツの倒れている場所へ一歩足を進めた。その目には明確な殺意が浮かんでおり、近くに座っていたエリザとジュンは動くことができないでいる。


 だが、そんなグエルの足はそれ以上進むことはなかった。


「止まれ。」


 ヨミの小さな、でも感情を感じさせない声が部屋に響いた。それと同時に彼女の体から膨大な魔力が沸き上がり、威圧となってこの部屋を支配した。


「―――ッ!!??」


 その威圧を向けられたグエルは声なき悲鳴を上げながら、それでも倒れることは許さずに片膝を地面についた。


 それを向けられていないはずのアリスとイリスも呼吸を止めた。


 コツコツと小さく靴音を立てながらヨミはコウセツが倒れている場所に歩いていく。


「……この子たちは私の教え子です。たとえ何があってもそれは変わりません。私は師としてこの子たちの未来を開く義務があります。」


 ヨミはコウセツの側に座り頭を自らの膝の上に乗せ撫で始めた。苦悶の表情を浮かべていたコウセツだったが、その表情がゆっくりと穏やかなものになっていく。


 それと同時に張り詰めていた空気がゆっくりと解れていく。


「そいつらはお前を殺そうとしたのにか!?随分と頭の中がお花畑なんだなぁ!?おい!」


「……なぜあなたがそれを知っているのかは知りませんが、あんな程度で私を殺せるはずがないことをこの子たちは知っています。それにこの子たちなりに考えがあったんでしょう。」


「はぁ!?何言ってやがる!?」


「確かにその時はショックでしたし、憤りも感じました。ですがこの子たちを許せないような人間がスタンピードで戦うと思いますか?腐りきったこの街や、ましてや悪意をひたすら向けてきたあなたたちを守りながら。」


 淡々とヨミは語る。


「……は?そんな下らねえ嘘を――」


「嘘じゃない。」


 ギルマスがグエルの若干震えた声を遮った。


「嘘じゃないよ。ヨミがいなかったら少なくともミノタウロスは倒せなかった。そうすれば君たちは当然死んでたし、被害ももっと大きくなっただろうね。」


「ミノタウロスだと?スタンピードのボスはオーガだったはずだ。」


「……ああ、そうか。君たちは寝てたもんね、知らないのもしょうがない。

 オーガを倒した後になぜかミノタウロスがやってきてね。そっちが本命だったわけだよ。で、それをほぼ単独で倒したのがヨミってわけだよ。僕も意識はあったけど動けなくてね、見てることしかできなかったよ。」


「なん……だと。」


 自身が全幅の信頼を置いていた未来視のスキルが外れたことに大きなショックを受けているようだ。きっとこれまで確かにあると思っていた地面が突然なくなってしまったかのような、大きな喪失感と恐怖を感じているのだろう。


 そしてなによりその不確実性が判明したタイミングが悪かった。彼の見た未来は自分たちが乱入することで戦況が変わり、勝利するというものだった。


 結果として確かに彼らが乱入していたことで戦況は変わった。明らかに悪い方へと。


 彼らさえいなければギルマスとヨミが共闘できていたかもしれない。そうすればもっと早い段階でスタンピードは収束していたかもしれない。


 能力を過信しすぎたが故に起きた事故であるが、とてつもない皮肉となって彼の精神に傷を負わせた。


「君は自分の力に自身が随分あるようだけどね、果たして君はその自慢の力を自分に悪意を抱いている人間のために使えるか?たとえそれが打算であっても、与えられた仕事を完ぺきにこなせるか?


 君も商家の子なら分かるだろうが、信頼とは何においても一番重要な物なんだよ。僕達冒険者ギルドが見ているのは実力じゃない、その信頼にこたえられる人間であるかどうかだ。あくまで実力はそれに付随するものだ。」


 信頼の重要性を今身をもって痛感している彼は、床を眺めたままもう何も言い返すことができなかった。

次話、一章エピローグです、

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