事の結末
「うおおお!!」
「俺たちの手でこの街を守るぞぉお!!」
「死ぬ気で戦えぇ!!!」
外壁から少し離れた場所で戦っていた剣士たちは勇者の協力を得て、大量の魔物相手に有利に戦いを進めていた。確かにアーサーは自身のスキルで生み出した聖剣のおかげで全ステータス上昇しているが、それ以上に彼の存在が戦意の高揚につながっている。
魔物たちはボスモンスターに支配され、死を恐れずに攻撃を仕掛けてくるためただでさえ異常に強かった。その上数も彼ら冒険者よりも多かった。だが、そんな状況をものともせずに戦う気力をアーサーは冒険者達に与えた。
「雷属性魔法 ライトニングピアス。」
時々使う魔法が魔物をまとめて薙ぎ払う度に冒険者達の士気は上がり続けた。
アーサーは自身の聖剣セクエンスの特性により物理攻撃が完全に使えなくなっている。が、魔法攻撃はその限りではないようだ。多少の制限はかかっているようで連発はできていないし、一撃の威力が高く、大量の雑魚を相手に使うような魔法ではなかった。どちらかというと、威力が高く単体向けの魔法を彼は選んで使っていたのだ。
彼があえてそんな魔法を使っていたのにも理由がある。
そもそもの話として彼が本気を出せば一人でこのスタンピードを収束させることもできたのだ。支援全振りのセクエンスではなく、殲滅戦用の聖剣を呼び出せばただ一人で倒しきれただろう。
しかしそれをしてしまうと、この街の冒険者が育たない。新人が育たないとその割を食うのはもっと高いランクの冒険者になるのだ。それに冒険者の衰退にもつながってしまうのだ。
そして次に、隠れた実力があるかどうかを見極めるためでもあった。彼は王国近衛騎士団で団長をしているが、その人手は常に不足しているのだ。ゆえに彼は少しでも自分たちと同じ高みにたどり着けそうな未来ある若者を見つけるためにこうして目の前で戦わせているのだ。
(うん、やっぱりあんまり収穫はなさそうだね。みんな伸びてもAランクとかBランクとかだ。……いや、それも実は結構すごいことなんだけどね。でもその上には届かなそう。Aランクの中でもSランクに近い実力を持つランクA+にも。まあ、仕方ないか。見つかったら儲け物くらいの感覚だったし。
……そういえば、ヨミはどうなったかな。前のスタンピードの時に会ったのが最後だけど、それから成長してるといいけど。)
そうこうしているうちに魔物の数は減り続け、とうとういま立っている冒険者の数を下回った。
その瞬間だった。身を凍り付かせるような、強烈な死の気配をアーサーが感じ取ったのは。
「ッ!?」
(今のは、一体……?)
その気配に気づいたのはどうやらアーサーだけだったらしい。他の冒険者たちはまだ戦いに集中している。
その気配はますます強くなっていく。まるで、死そのものが形を持ち始めたかのように。
汎用魔法の中にだって確かに似たような魔法は存在する。だが、あまりにも強い。強すぎる。それこそ当たりさえすれば抵抗もほとんど許さずに相手を死に至らしめるほどだろう。
間違いない、オリジナル魔法だ。下手なオリジナル魔法だと、威力も追いつかず汎用魔法の劣化版にしかならないが、これはかなり完成度が高い。
頬が無意識のうちに頬が吊り上がっていくのがわかる。
……そっか、ここまで成長したんですね。
この街でスタンピードが発生したと知らせを受けてから、わざわざ遠回りをしてまでもこの街を寄ったかいがあった。
そして対象を倒したのだろう、その死の気配の消失と共に、冒険者達から歓声が上がった。ボスモンスターの死亡と共に魔物にかけられた支配も解かれ、魔物たちが逃げ出したのがアーサーの目に映った。
こうしてオリオールの街で起こったスタンピードは収束したのだ。
Sランク冒険者“勇者”の助力により死者は一人もいなかった。当然怪我人は多く、中には冒険者を続けることができないほどの後遺症を負ったものもいたが、だがそれでも前回のスタンピードに比べたら犠牲はゼロに等しかった。
当然ヨミやギルマス、双子の活躍もその陰にあったことは言うまでもない。冒険者の目に触れていなくても、彼らは正確に判断を下し、そして確かに結果を示した。彼らの一人でも欠けていれば死者ゼロなどという快挙からはかけ離れた結果を受け入れる羽目になっただろう。
冒険者達はこのスタンピード終息に尽力したことが評価され、ランクが昇格したり達成報酬をもらい冒険者ギルド内は沸き立っていた。冒険者ギルド内の酒場が夜通し営業しているのもそれに拍車をかけているのだろう。
だが、そんな冒険者の多くがお祭り騒ぎをしている中、ギルマスの執務室に集められている者たちがいた。
そのメンバーはギルマスは当然、Cランクの冒険者であるヨミ、アリス、イリス。そして謹慎中にもかかわらず外出をしたDランクの冒険者6名である。そしてなぜかその場にアーサーも立っていた。
「さて、何か申し開きはある?じゃあまずはコウセツから聞いてあげよう。」
執務机に脚を組んで座っているギルマスの前には6名が床に正座をさせられている。リーダーであるコウセツとグエルを代表として前に、残りの二人が後ろに座らせている。グエルのパーティーメンバーはリーダーを含め大けがをしているが、応急処置だけをされてこの場に呼びだされた。
「君たちには冒険者ギルド内での乱闘騒ぎの落とし前として、謹慎を命じていたはずだけど。どうしてあの場にいたの?」
冷ややかな視線を直接浴びせられたコウセツの体は少し震えていた。ギルマスの後ろに立っている4名の中からヨミに助けを求めるように一瞬視線を送ったが、すぐにそらした。
次の瞬間には彼の目には確固とした決意の光が浮かんでいた。
「……俺たちはただ、手柄が欲しかっただけだ。さっさとランクをCにあげて、見下してきた連中を見返したかった。
俺たちは子供だし、体も小せえし、それに孤児だ。実力主義って言葉の意味はあんたたちの誰よりも知ってるつもりだ。」
コウセツは強い口調で、突き放すようにそう言い放った。
「それで?規則を破るような輩を僕がランクを上げてあげると思った?」
「実力さえあれば認められる。今は認められなくても、いつかはきっと認められる。誰もが絶望を前にすれば、孤児だの規則やぶりだのそんなことを言ってられる余裕なんてなくなる。……それが今だと思っただけだ。」
それだけ言うと、コウセツはすべて言い切ったように視線をそらした。
「ふーん。まあいいや。じゃあ次にグエル。なんか言いたいことある?」
「俺たちはこの街のDランクの冒険者の中で一番強い自身があった。だから俺たちがいないとこの街が危ないと思ったんだ。だから規則違反だとは分かりつつも、この街のために行くしかないと思った。
現にギルマスだって危なかっただろう?俺たちがいなかったらあのオーガにだって勝てなかったはずだ。」
「つまり?あくまでこの街のためだから仕方なかったと?」
「ああ、そうだ。俺たちにはこの街のために戦う責任がある。」
そう、得意げに言い放った。
「そ。この街のため、ね。ならなんで君たちは僕達が戦ってた最前線にまでやってきたんだい?普通なら外壁の近くでこの街を守るために戦うべきだったよね?」
「それは、その場に居合わせた冒険者から行けと言われたからだ。実際俺たちがついたとき、外壁部は拮抗状態だった。」
「そうだったんだ?ねえ、アーサー君。君と聞いた話と随分状況が違うみたいだけど、どうなんだろう?」
ちらりと後ろに並んでいるアーサーに視線を送り、声をかけた。
「ふむ。おかしいな。私が来た時は絶体絶命だったはずだが?」
無関係を装っていた彼だったが、ギルマスに呼ばれると体を小さく前に運びそう答えた。
「…………。少なくとも、俺たちがついたときはそんなことはなかった。」
「ほお?随分おかしなことを言う。私が到着した時、既に壊滅状態だったが、たったそれだけの間でそんなざまになるほど脆かったのか?」
「…………。そうだ。やつらは……」
「もうあきらめろ。貴様らが何を企んでたか知らんが、いくらでも不可解な点は出てくる。なぜお前達程度の実力で魔物の波を避けながらギルマスの所まで行けた?なぜお前の姿を見たという冒険者がこの街にいない?なぜ皆がお前を見た時驚いていたんだ?」
言い訳をする間もなくアーサーに問い詰められるとグエルは小さく舌打ちをした。
「……クソッ、クズ共が。おとなしく踏み台にされてればいいものを。」
「なんだと?」
ダンッ、と地面をけり立ち上がると、前に立つギルマス達を睨みつけた。
「俺はな、こんな辺鄙な場所で燻ってていいような奴じゃねえんだよ。俺はな、ファイス家の子なんだよ。こんなクソ田舎でも聞いたことあるだろ?王都で3本の指に入る大きな商家のファイス家だ。親父に一言いえばこんなちっぽけな街、潰すことだって造作もねえぞ。」
「ふーん。それって脅してんの?」
「まさか。これは正当な取引ってやつだ。この街とか片田舎と主に取引してるのは俺たちファイス家だ。いいか?やろうと思えばこの街の取引を全部なくすことだって出来んだ。
それを続けてやってほしければどうすればいいかわかるよな?そんな魔法を使えるだけのただの弱わっちい女をCランクにするような鳥頭でもよ。」
グエルはあざ笑うようにヨミを指さした。話を聞いていなかったのか、指をさされた当の本人は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにつまらないものを見るような無関心な目で見つめ返した。
だが、その行動にアーサーは不快感を覚え、アリスとイリスは怒りから行動を起こさなかったものの魔力を高ぶらせた。そして、
―――バキッ!
コウセツはグエルの顔面を思いきり殴りつけた。その時に生じた生々しい音はグエルの歯が折れただけでなく、コウセツの手の骨にもヒビが入っていることを容易に想起させた。
「てめぇ!」
「やりやがったな!!」
グエルのパーティーメンバーであるカイルとダリルが勢いよく立ち上がり、コウセツに迫るがその手が彼に触れることはなかった。
何が起こったのか、その勢いが止まり、体が震えている。
彼らを見据えるは紅い瞳。コウセツの身を案じた彼女の体から無意識のうちに漏れた魔力が目に集まり、圧倒的強者からの威圧となって彼ら二名の動きを止めたのだ。
それを知ってか知らずか、コウセツはゆらゆらと幽鬼のごとくグエルへと近づいていく。




