救世主
場所は変わって外壁部。
街へ攻撃を仕掛ける魔物の数は増えることはなかったが、それでも数は大量にいた。今いる冒険者が一人当たり1体確実に倒したとしてもおつりがくる程度には数が多かった。
そして途中で指揮系統が壊れてから新しく立て直すことなどできるはずもなかった。外壁から離れた所で孤立している剣士たちは周囲を常に警戒しながら魔物と戦っていた。
だが、そんなことを長時間続けることなどできるはずもなく、一人、また一人と倒れていく。
後方の外壁部で待機していた盾持ちと魔法使いは何をやっているのかと思えば、彼らはその場を動けずにいた。
誰だって心理的に言えば助けに行きたいだろう。共に活動し、共にご飯を食べた仲だ。見捨てられるわけがない。そこで誰もが考えつく。盾持ちを前に置いたままゆっくりと前進していけばいいじゃないかと。確かに魔法使いだけを戦場に放り込むのは自衛ができない以上厳しいが、盾持ちも一緒に行けば安全だろうと。
だが、彼らは冒険者なのだ。依頼を達成することで生活を立てているのだ。そして何より長い歴史によって得てきた信頼があるのだ。それらを蔑ろなどできるわけがない。
今回彼らが受けた依頼はこの街の防衛。それを果たすために最善の努力をしなければならない。
確かに今剣士たちは危機に陥っている。が、それは当初の作戦を自らの欲を抑えきれずに無視した彼らが悪いのだ。作戦がうまくいかなかっただけならまだ打てる手はあったかもしれない。だが、彼らの惨状は彼ら自身が招いたものなのだ。
そしてもし助けるとしても取れる手段はほとんどない。彼らを助けるために外壁の防衛に穴をあけるわけにはいかない。
もしその空いた穴をついて魔物が街の中に入り込んだら?その魔物が街の住人に牙をむくことになるのは日を見るよりも明らかだろう。
それを把握した臨時ギルドにいたサブマスが決定を下した。彼らに撤退の指示を出すこと。そして間違っても魔法使いと盾使いはその場を動いてはいけないということ。
つまり、剣士たちを見捨てることを決定したのだ。
その場にいた冒険者達はその通達がなされたときには驚きと怒りでいきり立った。なんで仲間を見捨てなくてはならないのかと、あそこには恋人がいたのにと。
だが、それを通達したサブマスの強く悲痛な覚悟を前に誰も何も言えなくなってしまった。
たとえすべての憎悪と怨嗟を背負うことになったとしても、この街は守って見せると。ギルマスがいない中、その決断を下せるのは自分しかいないと。
依頼の完遂のため、冒険者から恨まれることをも甘んじて受け入れるとした彼女の声は震えていた。だからこそ余計にその意思の強さが伝わったのかもしれない。
盾持ちと魔法使いの多くが奥歯を強く噛みしめながら、剣士たちの生還を待っていた。
そこに一人の青年が降り立った。
「結構大変なことになってるね。でもボスが見当たらないってことはまだどこかで頑張ってるのかな?」
その青年は冒険者の中では広く知られていた。きれいな金髪と澄み切った碧眼。中世的な顔立ちをしていて、100人に聞いたら100人が好青年という印象を持つだろう。そしてこんな場所に訪れたにもかかわらずその体に一切の防具も武具も身に着けていない。それゆえか、彼の来ている王国近衛騎士団の制服が目立つ。
「……え?あ、あなたは、……ま、まさか……!」
「君はすごいね。その年でよくその決断を下せたと思うよ。うん、賞賛に値する。だから私の名前に誓って言うよ。あなたは何も間違ったことなどしていない。さっきまでの状態だったら最善策だった。……よく頑張ったね。」
「ッ!?」
「あとは私に任せて。この街も、冒険者達もすべて守ってみせるよ。
―――“勇者”、アーサーの名にかけて!」
「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
アーサーの透き通った声が戦場に響いた。戦場においてその声がどれほどの希望をもたらしただろうか。その場にいた冒険者全員の心を確かに照らしたのだ。
すべての冒険者達のあこがれであるSランク冒険者がこの辺境の地に降り立ったのだ。
「お姉ちゃん!!」
「おい!静かにしろ!!」
ミノタウロスから反撃を受け、吹き飛ばされているヨミをコウセツらは見ていた。たまらず立ち上がったエリザをコウセツが地面に引きずりおろした。
「なにするのよ!?」
「落ち着け!今ここがばれたら俺たちだけじゃない!アリスとイリスのねーちゃんも死んじまうんだぞ!」
「ッ!?でも!!」
「分かってる!いいか、俺とジュンで引き付けるからエリザはねーちゃんの所のいけ。ポーションは持ってるよな?」
「……うん。分かった。死なないでね。」
「当然だ。俺が死ぬわけねえだろ。」
「僕もいるからね。絶対お姉ちゃんを助けてね。」
「うん!」
3人が覚悟を決め、移動し始める。アリスとイリスから離れ、コウセツとジュンはミノタウロスの方に、エリザはヨミの方に近づいていく。
そして二人が仕掛けようとしたその時だった。ヨミの近くに一人の少女が現れたのは。
その少女は腰に届きそうなまでの長い金髪に紅い瞳をしていた。その瞳に強烈なまでの怒りと敵意を込め、ミノタウロスを睨みつけている。
「うおおおおお!!!こっちだ、化物!!」
「こっちを見ろ!!」
ジュンとコウセツの叫び声が響いた。それに気づいたミノタウロスの視線が彼らの方を向いた。
「「ッ!」」
ミノタウロスからしたらただ視線を向けただけだが、二人からしたらそれだけでもあまりに強すぎた。視線に込められた殺意と悪意にひるみ体が固まる。オーガと違い、魔眼を持っているわけではないが、あまりに広い実力差が本来ならありえないそれを生じさせていた。
そして標的を見つけたミノタウロスは
―――そこ目掛け大きく跳躍した。
「え……」
ジュンとコウセツはそれに反応できず、思わず固まってしまう。
「コウセツ!ジュン!逃げて!!」
現場を見ていたエリザからも悲鳴が漏れる。だが、もう間に合わない。逃げることはできないし攻撃を受けきることもできないだろう。その惨劇を予測し、思わずエリザが目をそらす。
「何をしている、下郎。さっさとよけろ。」
突如二人の前に現れた金髪の少女がミノタウロスを弾き飛ばした。
「覚悟しろよ、このゴミが。楽には死なせん。」
その小さな体からありえないほどの魔力を発しながら少女が静かに呟く。有り余る魔力ゆえなのか、ゆっくりとその体が宙に浮く。
「朱金のアリエルの名のもとに貴様に終わりをくれてやる。」
その小さな体から膨大な魔力が発せられ、彼女の髪を揺らした。




