真のボスモンスター
「くっ!!」
咄嗟に足元から氷を隆起させ後ろに大きく飛びました。あまりにも想定外の事態に結界魔法を解いてしまいました。怪我自体はもう回復が始まっていますが、それでもなかなか治らないですね。
次第に吹雪が止んで、視界が開けていきます。そしてそこには地面に大剣を突き立てているミノタウロスが立っていました。
「大丈夫か?」
「……はい。まさか、あの時のミノタウロスが出てきていたとは……。」
そうです。あのミノタウロスには見覚えがあったんです。そもそもこの街でミノタウロスが出るのなんて本当に稀だし、それに片目がつぶれているんですから。
……私がダンジョンで戦った時に倒しきれなくて片目だけを潰すことができたんです。でもそうですよね。あれだけの魔物があんなオーガごときに従うわけがないですもんね。あれほど強力な魔物ならダンジョンから出てきたのも不思議ではありません。
……はあ、あの時の失敗が悔やまれますね。もしかしたらあの時にミスさえしなければ今回スタンピードになんてなってなかったかもしれないのに。
「いいや違う。あれはここに召喚されたんだ。おそらくあのオーガの死をトリガーにミノタウロスが召喚されるようになっていたんだろう。
……気をつけろよ。ミノタウロスは普通に厄介だぞ。高い攻撃力に俊敏性、防御力に相手を蝕む呪い付きの剣だ。……それにしてもそうか、あれがそうなのか。ヨミが落ちてくる前に戦ってたという個体か。」
「はい。あの目の傷は間違いありません。」
「そうか……。私がやろうか?試したいことはもう終わったんだろ?」
「いえ、私がやります。私の不始末は私でつけないと。あれを解放した上に倒しきれなかった私がいけなかったんです。」
「……だろうな。だが、気をつけろよ。いかに死なない吸血鬼とはいえど、失血しすぎると動けなくなるぞ。特にあの剣の攻撃には気をつけろ。大した怪我じゃなくても回復には時間がかかるから、多量出血にはなり得るからな。」
「……治りずらいと思ったのはそれですか。分かりました。もう攻撃は食らいません。……本気も本気で行きます。」
ふう、時間と魔力は余分にかかりましたが、ようやく怪我が治りましたよ。腰に下げていた杖を手に取りました。
「本当はあんまり使いたくないんですけどね。」
先についている魔石の色は最上位を示す紫光魔石。夜の闇の中でもきれいに輝いています。
「ほう、その魔石は純度が高いな。……使いたがらなかった理由はそれか。」
「そうなんですよね。」
高すぎるんです。私の手には負えないくらいに。最上位である以上放った魔法の威力は破壊的な威力を誇りますが、その分想像以上の魔力を持っていかれます。以前使った時はその時持っていた魔力のほぼすべてを持っていかれて意識失っちゃいましたし。
「ですが、そうとも言ってられません。前戦った時、ほとんどの魔法が効きませんでした。
……なので全部出しきります。」
杖の使い方はいたって単純、杖の先についてる魔石と自身の中にある魔力を回路で繋ぐことです。まあ簡単に言えば魔力を流すっていうことなんですが、実はそういうことなんですよね。ちなみに、剣でも同じことが起こってますよ。
「行きます。―――アクティベート。」
赤い瞳を輝かせながら少女が舞う。地を這うように素早く動く自身の魔法で出した氷に乗りながら、手に持った杖から大量の魔法を乱射している。それらの魔法は一つ一つが一人前と呼ぶには十分な物だった。それこそ数が多いだけの下級の魔物やモンスターなら一撃で倒せる威力を誇っていた。
だが、相手が悪かった。ミノタウロスは氷と闇の雨の中で平然と立ち尽くしている。様子をうかがうように、注意深く少女の方を見ているがその魔法が脅威ではないとでも言いたげに泰然と立っている。
「完全詠唱 ダークランス」
詠唱破棄の魔法を放ちながらも詠唱をしていたのだろう、アイスバレットとダークバレットの雨の中一筋の暗黒の光芒がまっすぐにミノタウロスに向かって伸びていく。
その一撃を前にミノタウロスは初めて動きを見せた。地面に突き立てていた大剣を手に取ると、無造作に振りぬいたのだ。
それだけでダークランスを含めた一帯の魔法はかき消され、放たれた斬撃がヨミを襲う。
自らに襲い掛かる斬撃を氷の盾を多重に作り出すことで防ぎきると、今度はお返しとばかりに再度大きな魔法を放つ。
「完全詠唱 ダークレイザー。」
ヨミが向けた杖からかすかな闇の粒子がまっすぐミノタウロス目掛け伸びた。直後、その粒子の軌跡をたどるようにすべてを破壊し、飲み込む暗黒の光線が高速で放たれた。
「グオッ!?」
その込められた埒外の威力を肌で感じ取ったのか、うなり声を上げながら大剣の背で受け止めた。
大剣と魔法が衝突し、爆発を起こす。大きな土煙が上がるが、それをミノタウロスは大剣の一振りで吹き飛ばす。
「まだまだですよ。完全詠唱 アイスレイザー。」
追い討ちをかけるようにヨミは再度魔法を放つ。氷の粒子がまっすぐに伸び、それを追いかけるように青い光線が暗黒の光線以上のスピードで放たれた。それはミノタウロスが反応できるスピードを凌駕していた。大剣を構えているミノタウロスにぶつかった。
ただ、術者の練度によって速度や威力が上がることはあっても、込めた魔力によってそれらが上昇することはない。だが、そのパラメータをいじることはできる。
今の場合、ヨミは威力をすべて捨て、速度に全振りしたのだ。そしてそれだけでなく、凍結の属性を付与していた。
つまり、ただひたすらに速いが、攻撃力はなくただ凍らせるだけの光線だった。それを胸の中央に受けたミノタウロスは光線を受けた箇所から全身を凍らせた。
「はぁっ、はぁっ……!うまくいきました。でも長くは続きません。
……次で終わらせます!!」
ヨミは自身が乗っている氷を操り、素早くミノタウロスまで迫る。
息が切れているのも仕方のないことなのだ。慣れていない上に自身のキャパシティーをはるかに超える杖に引っ張られている今の彼女は確かに強力な魔法を乱射できているが、その分魔力はガンガン減っている。戦闘継続すら怪しくなってくるほどに。
「インクルードダークネス。クリエイトニードル。
完全詠唱 ダークニードル!」
魔法の中でも珍しいゼロ距離魔法。射程を捨て、速度を捨て、その代わりに威力だけを抽出した最強レベルの攻撃魔法である。
ヨミがミノタウロスの胸部に杖の先を当てその魔法の名を唱えた。
手または杖の先から50センチほどの闇の大釘がヨミの残存魔力の大半を使ってまっすぐに放たれる。
そしてその魔法がミノタウロスを閉じ込めている氷を貫き、その体に刺さった。その瞬間、そこを起点に氷が割れた。
「グギャアアア!!!!」
自身が致命的な攻撃を受けていることを本能で悟っていたミノタウロスは、急所を避けんと体をひねらせた。そしてそれと同時に攻撃者目掛けその込められた強大な膂力を解き放った。
防御に回す魔力を残していなかったヨミはそれを無防備の状態で受けた。頭上から無遠慮に振り下ろされた拳を受け地面に叩きつけられ、何回かバウンドして止まった。
胸部の中心から少し離れた所に攻撃を受けたミノタウロスはそこから血を流しながらも、全身の筋肉を収縮させることによりその傷をふさいでいた。
そして満足げに自身が倒した少女の方を眺める。
彼女は頭から血を流し、起き上がる様子はない。吸血鬼だから死ぬことはない。それを知らないミノタウロスは彼女に背を向けると街へとその足を向けた。
―――その少女の側に立った黒猫の存在に気づかずに。




