意図せぬ闖入者 その1
はぁ、まったく何をしているんだか。
強そうなのを間引いて残りを通したわけですが、その時にはもうアリスもイリスも戦いが佳境に入っていました。
アリスはカウンターの魔法を全力で撃つために短剣で攻撃をいなしながら私達から離れていっています。まあ高威力の魔法は得てして周囲にも影響を与えてしまいますからね。高ランクの冒険者、というか魔法にもっと熟達すればその限りではないそうですが、まだ無理でしょう。
イリスは……マジですか。それに気づきますか。あれは空間に魔法を付与していますね。いやー、それに気づけるのはデュアルキャスター、ないしはマルチキャスターだけだと思ってました。私達だけが感覚でその存在を察せられる。違和感とでもいうべき小さい何かに気づけると。さすがにまだ不完全ですが、……いやー、あっぱれですね。
……で?あなたたちはいったい何をしてるんですか?魔力感知全開の今は目で見えてなくても周囲の様子は手に取るようにわかるんですよ。だから近づいてきている複数の影にも視線を向けるまでもなく気づけました。
3人、それの後ろをつけるようにまた3人。……ん?おかしいですね。強化魔法を使っている気配はないのに私の魔力感知は彼らのその存在を認識しています。
『……そろそろだな。空を見てみろ。』
『え?』
唐突にアリエルが念話で頭の中に声を届けてきました。いわれた通りに空を見てみるとーーー
「あ。」
彼方の地平線に大きな太陽が半分ほど隠れています。そっか、もう夜なんですね。程なくして月も出てくるでしょう。
『そうだ。気をつけろよ。夜になればあのボスモンスターはより凶暴になる。ギルマスとやらがどれほどかは知らんが、今の様子じゃもたないだろう。』
まあ夜になれば魔物も凶暴になりますからねぇ。でも大丈夫だと思いますけどね。なにせギルマスは精霊使いですから。
『いいのか?もしその時まで倒し切れていなければヨミが相手をすることになるが。』
『それは構いませんよ。どうせスタンピードの後処理でドタバタしてる間にこの街からおさらばするつもりなので、この街の人にどう思われようが関係ないです。それに少し試したいこともありますし。』
『そうか。ならいい。』
嫌ですけどね。でもしょうがないです。これまで私を慕ってくれたお礼もしなければいけませんし。
……そういえば勝手にきていたあれらはどうしましょう?まあ放置でいいですかね。
「は!?」
なんでお前らがここにいる!?謹慎だって言ったよな!?しかもなんでギルマスの僕の前に現れるんだよ!?コソコソしてろよ!
「日が沈むまで後少ししかない!カイルとダリルはやつの攻撃を受け止めろ!俺が陽動、ギルマスが本命!それでいいか!?ギルマス!!」
……はぁ、なんか言ってるよ。うっざいなぁ。僕一人でもどうにかなったし、なんならヨミがいるからそれだけでどうにかなったし。
「……わかった!!命令無視の話は後にしといてやる!」
……お前らがいなければヨミが手伝ってくれたかもしれないのに!!
そのパーティーリーダーの名前はグエルといった。
王都に本拠地を置くとある大きな商家に生まれた彼は生まれつき器用だった。商家の跡継ぎというわけではなかったが、そこに生まれた以上彼は最低限の勉学やマナーを学ぶために王都の学校に通っていた。その学校は爵位の低い貴族や裕福な平民が通うようなところだったが、そこで彼は好成績を取り続けた。主席というわけではなかったが、それでも大して勉強をせずとも両手に入る程度の成績は取れてしまった。
そこで彼は自分が特別なのだと思ってしまった。なにせ彼の同級生は皆必死だった。家の期待や高い学費等の重圧もあったが、学業を修めることが将来に直結することを知っていたからだ。家業を継ぐにしろどこかに就職するにしろ学力はなければならないものだった。そして学業と並行して異性のパートナーを見つける必要もあった。勉強の合間をぬってお茶会を開き、交流を図る。その両立に苦闘する多くの同級生の姿を彼は見たのだ。しかし彼自身は勉強と交流の両立をこなせていた上に余裕もあった。環境から考えてその慢心は仕方のないことだともいえるかもしれない。
だが、それに拍車をかける出来事が起きた。スキルの開花である。選択授業で冒険者に同行した時のこと、彼の目に変化が起きた。魔物と実際に戦ってみた時に魔物の動きが不自然に揺れて見えたのだ。まるで、そうまるで実際の動きを先行しているかのように。
それが彼のスキルが開花したきっかけだった。千里眼。それがそのスキルの名前だった。魔力の消費はあるものの少し先の未来を見える。そして魔力を大量に消費することで近い未来に起こる大事件も少しだけ見ることができる。
このスキルを得た彼は学校の卒業後、家族の反対を押し切り冒険者になるためにウリオールの街までやってきたのだった。彼には計画があった。すぐにでも冒険者として成り上がれる計画が。
何も考えてないが、体格だけはいい肉壁2枚をパーティーに加えると彼の快進撃は始まった。
どんな魔物も盾役2枚を貫通するほどの攻撃力はなかったし、その怯むタイミングもスキルで完璧にフォローできた。彼らに倒せない魔物などこの街にはもういなかった。
そしてとうとう次のスタンピードで確実にCランクに上がれる。その確信を得られたその時に何も考えていないパーティーメンバーが問題を起こした。
その時は笑ってはいたものの内心は怒りで震えていた。彼にとってパーティーメンバーはただの肉壁で、いつでも換えがきく代替品にすぎなかったのだから当然だ。
しかし、その怒りはすぐに霧散することになる。
彼は謹慎初日になったその時にスキルの二つ目の能力を発動させていた。ゆえにスタンピードが起こることなど知っていたし、当然その結末も知っている。自分たちが乱入したことで戦況が変わり、勝利することを。
そして今も彼は見ている。ボスモンスターの鈍重な動きなどスキルによる先読みがなくてもできるが、とにかく的確に意識を分散させるように。
彼の頭の中ではすでにCランクに上がった後の計画の細部を考え始めていた。
しかし、それが良くなかった。戦闘中に敵から意識を逸らすことは死と同義である。目の前の戦闘に集中できていなければ、いかに優秀なスキルを持っていても無価値なのである。




