それぞれの戦い 城壁部
ヨミたちがスタンピードの中でも狂暴な魔物をたった4人で抑えている中、街と外の境目、外壁でも戦闘は苛烈を極めていた。
いかにヨミが一人でCランクにまで上り詰めた自他共に認める実力者とはいえ、限界はある。それにもしたとえまるで波のように大量に押し寄せてくる魔物らを殲滅できる能力があったとしても、それは叶わなかっただろう。なぜならいくら魔物と言えど、いや、魔物だからというべきか、最初はともかく途中からヨミをよけるように街へと進撃を開始したのだ。
そうなってしまうと、ヨミに取れる手段は限られてくる。できるだけ強い魔物だけを選択し、確実に討伐することだ。少しでも外壁で街の防衛をしているDランクの冒険者の負担を軽減させるために。
外壁で街を守るために備えている冒険者の数は100を超える。よって問題になりうるのは量ではなく質。一体強力な魔物がいるだけで戦線が崩壊しかねない。
戦線の維持、この重大性を熟知していたヨミだからこそすぐに強い魔物を間引くという戦略を即時にとれた。
だが、誰もそれに気づけない。もし彼女ではなく冒険者達から慕われているゴリル達が向かっていたら、果たしてその選択を取れただろうか。
さかのぼること数分。ヨミ達がちょうどギルマスと合流した時。
外壁の門付近ではゴリルが大声を上げていた。
「剣士は俺と一緒に前に出ろ!倒すな!!ダメージを与えることだけを考えろ!!
盾持ちは門の前で一列になって構えろ!絶対に後ろに魔物を通すな!
魔法使いは盾持ちの後ろで魔法を使え!お前らが倒しきるんだ!
具体的な指示は俺たちに聞け!!すぐに動け!!余裕はない!!」
ゴリルとその仲間は先導するようにすぐに動いた。ゴリルは前方に、盾持ちのベアロは門の前に、魔法使いのハンナとササはベアロの後ろに。
さすがに慕われているだけはあって、普段のパーティー単位の行動から離れジョブに分かれての作戦に若干戸惑いながらも冒険者達も動き出した。
ゴリルの考えた作戦はこうだ。
剣士たちがとにかくダメージを蓄積させる。倒さなくてもいい、というよりは絶対に倒さないように。魔物から脅威に見られてはいけないからだ。もしそこで魔物の怒りを買って最後まで戦うことになれば、数が少ない冒険者の方が圧倒的に不利になる。そのうえ、乱戦になってしまうため、魔法の支援も望めなくなってしまう。
次に盾持ち。彼らは攻撃を一切しない。ただただその場に盾を持って魔物の侵攻をその身をもって受け止めるのだ。防御に徹底することでその能力を完全に発揮することができるためだ。反撃をしようものなら、そちらに意識が分散してしまい、穴を作ってしまいかねない。
最後に魔法使い。彼らは攻撃魔法で魔物を倒しきり、支援魔法と回復魔法で盾持ちを支援するのが仕事だ。
要は冒険者をパーティーではなく、ジョブで分けたのだ。削り、止め、倒す。互いに十全の仕事を果たすことができれば、それこそスタンピードのような災害をも乗り切ることができるだろう。
10分後。アリスとイリスがそれぞれの敵を倒したくらいの時間がたっていたが、厳しくも順調であった最前線とは違い、外壁部では事態が混迷を極めていた。
乱戦も乱戦だった。最初に決めた作戦等とうに崩れ、ただでさえ数で劣る冒険者達は純粋な物量戦を前に苦戦を強いられていた。
ことはボスモンスターと同時に街への進軍を始めた配下とゴリルら街の防衛をする冒険者が衝突して少しした時に起こった。
「うわあああ!!??なんだこいつら!?どんなに攻撃してもさっきまで俺たちなんか素通りだったじゃねえかよ!!」
街への侵攻を一番の目的にしているはずの魔物、ワイルドウルフが一人の冒険者にとびかかった。その冒険者は突然のことに地面に押し倒された。そしてそのそばには同じくワイルドウルフの死体が横たわっていた。
「おい!大丈夫か!?」
すぐそばにいたゴリルがフォローに入る。冒険者にのしかかっていたワイルドウルフを蹴り飛ばした。だが、その時にその側に倒れている死体が目についたのだろう。
「おい!!話聞いてなかったのか、てめぇは!!倒すなって言ったよな!?」
「あ、ああ。でも余裕だったじゃねえかよ!」
「うるせえ!てめぇは下がってろ!まだ間に合うかもしれねえ……!」
「は!?何がだよ!?しっかり説明しろよ!」
「んな時間はねえよ!!いいから指示には従え!!」
まだ、可能性があった。剣士たちが魔物にとっての脅威に映らなければ、まだ作戦の続行はできた。魔物のヘイトを魔法使いと盾持ちだけがためられれば、どうにかなった。
だが、もう間に合わなかった。何も我慢ができなかったのはゴリルの周囲にいた冒険者だけではなかった。彼の目が届かないところで、痺れをきらした彼らは魔物の討伐をしてしまっていた。
もう魔物の目に剣士たちはただの障害物には映らない。街への侵攻という目的への明確な障害になった。真っ先に排除しなければ目的を達成しえないと、そう理解させてしまった。
その結果、魔物たちを受け止めるはずの盾持ちの場所には魔物は向わず、魔法使いの攻撃はまったく届かなくなってしまった。
作戦の崩壊。スタンピードという異常事態においてそれが何を意味するのか、それを理解できたものはほとんどいない。だが、それは理解できていないようでは成長はできないだろう。ましてやその作戦の崩壊を招くような行動を起こしてしまったようなものは生き残ることすらできないだろう。




