大一番
「ちょ、びっくりしたなぁ!!そんな魔法が使えるなんて知らなかったよ!」
私の前で騒いでいるギルマスを無視して、氷から飛び降りました。私達を運んでいた氷が背後で砕けた音がします。魔法を解いたので当然ですが。
「うるさいです。前衛はギルマス、側衛にアリスとイリス、後衛は私がします。いいですね?」
「え、うん。」
「じゃあ広がってください。すぐにきますよ。」
事前に作戦を聞いていた二人はさっと私の前方に立ちました。腰に差している短剣に手をかけ、すぐに動けるように重心も落としています。
「……ゴリル達は置いてきたんだね?」
「……ここにいても邪魔なので。門を守るよう言っておきました。弁えているならそっちで頑張ってるでしょう。」
「そうだね。じゃあ、行こうか。……双子が、アリスとイリスが側衛っていうことはあのデカ物とはヨミと僕で戦うっていうことなんだよね?」
「そうです。そもそも強敵と戦う時は少数精鋭と相場は決まってますし。今回も例にもれずそれでしょう。」
……たとえそれが時間稼ぎだったとしても。前回はそれで何人も死にました。中途半端な実力の冒険者が束になって向かったおかげで一瞬で毒に侵され、肉塊に変えられました。大した時間も稼げずに。
同じ情景が頭の中をよぎったのかは分かりませんが、ギルマスは小さくうなずくとアリスとイリスの間を通って前に歩いていきます。
おそらくギルマスはそれなりに前の方に立つでしょう。それこそすぐにはサポートをできないくらいの所で。
「……仕方ありませんね。私がサポートしてあげますよ。あと少しで日没ですし。」
真昼間よりも弱いですが、いまだ太陽の浄化の光のせいで少し体調がよくないというか、気分が悪いというか。心がざわついて落ち着かないです。
でも、それがなくなれば……。……そろそろ始まりそうですね。ボスだけでなく配下の魔物の姿も見えてきました。
それは悠々と大地を歩いていた。周囲に自身よりも小さく脆い魔物を引き連れ足を運ぶ様は、まるで王とそれに付き従う配下のようである。その進軍を阻むものはなく、草木をなぎ倒しながらただ確かにその足を多くの人が住む街へと進めていく。
それはふと大きな気配を感じた。威圧されているわけでもなく、敵意を向けられているわけでもない。ただ大きく、凪いでいる。ゆえにただひたすらにその心を揺さぶった。その手に握った自身がなぎ倒した木を無意識に強く握りこんでしまうくらいには。
だが、それには知性はあれど感情と言えるものはなく、なぜ自身が手を握りこんでしまったかが木から軋んだ音がするまで分からなかった。
……だがそれは関係ない。ただそれらの頭にあるのは本能に刻まれた人間の鏖殺、それにただ従うのみなのだから。
「グオオオォォォォォォ!!!!」
……接敵したようですね。あのデカ物が腕を振り上げたのが見えます。
私も戦ってるんですが。
無詠唱の魔法ですが、一撃で倒しきれる威力を持ったアイスランスを大量に発動させていきます。私の手元から放たれたそれらの魔法は私に迫る魔物を一体残らず倒してます。……とはいえ、一度に出せる数はそこまで多くはないですけどね。
アイスバレッドにしたら数は増やせますけど、一撃では倒しきれないですからね。しかも本番ということもあってさっき城壁から倒した魔物よりもいろいろ強くなってるんですよね。体力が上がってたり、当たっても致命傷になる場所には当たらなかったり。だから致し方なしです。
まあギルマスの心配は必要がないですが、二人は気を付けてくださいね。アリス、イリス。あなたたちは特にスタミナに難があるんですから。……何度も言いますが無理そうだったら後ろに流していいんですからね?
「イリス、どうやら私達の相手はあれみたいね。」
「そうだね。あれはさすがに後ろの冒険者には任せられない。かといってヨミさんに任せるわけにもいかない。」
氷の槍が雨のように魔物の群れに降り注ぐ中、普通の顔をして私達の方を見ている2体の魔物がいる。
中でも一体は風を纏う大きな狼。おそらくはワイルドウルフの上位種であるウインドウルフであろう。ワイルドウルフよりも一回りくらい大きく、毛並みも整っている。その体の周囲には常に風を纏っていてヨミさんの魔法の軌道を自分が当たらないようにそらしている。
これは私がやらないといけない。ヨミさんがそれ以外の配下を驚くほどのスピードで処理してくれてる。それに私はよく風の適正を持っているイリスの動きを見てる。私ならあれにも対処できる。いや、私にしかできない。
だから。そっちのはあなたがやるのよ、イリス。
もう一体は炎を纏ったサルの魔物。クレイジーモンキーの上位種であるファイヤーモンキーだね。クレイジーモンキーよりも一回り大きいだけでなく手足も長い。その体毛は赤く、ところどころに炎がついている。ヨミさんの氷の魔法があたる直前にその炎を大きく発し、無効化してる。
……厄介だね。厄介だけど、私がやるしかないよね。だって、私には火の適正を持ってるお姉ちゃんがいるんだから。この街で誰よりも強い炎を見てきた。それに私がやらないとヨミさんにも迷惑がかかる。
……それは絶対ダメ。ヨミさんの邪魔をするのは、私が許さない。うん、覚悟は決まった。
あれは私が倒すよ。だからお姉ちゃん、そっちのはお願いね。




