はあ、こんな時間なのに賑やかですねぇ……
スタンピード
スタンピードには二種類存在する。一つはボスモンスターが率いる統率型、もう一つがただモンスターが増えたことによる突発型である。
統率型のスタンピードは事前に止めるにはスタンピードが起こる場所で事前にボスモンスターを討伐する必要がある。しかし、ボスモンスターは地中で眠っていることが多く、事前に発見するのはかなり難しい。つまり、事前に止めることは実質不可能なのだ。
しかし、スタンピードが起こってしまえば対処はそこまで難しいことはない。ボスモンスターを倒してしまえばいいからだ。ボスモンスターを討伐してしまえば、それに従っていた魔物たちは余程のことがない限り逃げ去っていくのである。またこの脅威を回避したとしてギルド、ひいては冒険者の実績となる。
突発型のスタンピードを止めるには常日頃からモンスターを討伐し間引いていく必要がある。しかし討伐される数よりも増える数が多いとスタンピードとして災害を起こす。要はこのスタンピードは冒険者が日々の討伐を怠ると起こるスタンピードである。
このスタンピードが起こってしまうといいことが一つもない。まず鎮圧するためには文字通りスタンピードの魔物をすべて討伐する必要があるし、討伐できたとしてもその地区の冒険者ギルドのギルマスは管理不足としてギルド総本部より厳しい処分もある。また冒険者も大半は何ももらえず、例外として他の街から救援にきた冒険者のみ実績とすることができる。
部屋に帰って寝ていた私はドンドンと家の扉を乱暴に叩く音とひたすらやかましいサイレンの音で目を覚ましました。
「………!!…………!!」
しかも何か言ってるようです。何も聞こえませんが。……本当に何があったんでしょうか?
「うぅ……。アリエル、いますか?」
「ああ、いるぞ。」
「何があったか、知ってます?」
「なんでもスタンピードが起こったそうだぞ。表で騒いでるのはギルド職員だろう。」
あぁ、スタンピードですか。……え!?早くないですか!?スタンピードの話をギルマスから聞いたのは今朝だったような気がするんですが??
「って、こんなボーッとしてる場合じゃありません!急いで準備をしないと!」
「…………」
寝巻きから冒険の時用の衣装に着替えて、……使うかわかりませんが杖も持っていっておきますか。あとは、……一応アイテム袋も!
「準備できました!アリエル、行きますよ!!」
「…………」
あれ?アリエルは元気がなさそうですかね?返事がないです。
「アリエル?どうしました?」
「……なんでもない。行くぞ。」
「……?はい、行きましょう。」
……まだ眠たいのでしょうか?でも一緒に来てくれるんですね。ありがたいです。当然のように肩に乗っかってきました。……なんかこの重みにも慣れてきましたよ。
「あ、ヨミさん!お休みのところすいません!」
扉を開けるとそこには心配性の受付嬢が立っていました。結構長い間頑張ってたのか、軽く息が上がってます。
「大丈夫ですよ。それで、スタンピードが始まったんですか?」
まあ始まったんでしょうけど。
「はい、そうなんです!おそらくまだ街には到達してないかと思うんですが、でも余裕はおそらくほとんどありません!なのですぐに来てもらってもいいでしょうか!?」
「はぁ、やっぱりそうなりましたか。……わかりました。樹海の方の門に臨時ギルドがまたあるんですよね?ならそこに向かうとしましょうか。」
「お願いします!……それにしてもその姿は噂に聞く魔女みたいですね。黒猫もいますし。」
……久しぶりに聞きましたね、その名前。この街じゃもう聞かないと思ってましたよ。
「……冗談でもやめてください。もう彼女はこの街を去ったんですから。」
「……そうですね。失礼しました。」
「では行きましょうか。」
「はい、行きましょう、と言いたいところなんですが……私は少し休んでから向かいますね。」
……確かにまだ息が上がったまんまですね。となると私一人で走った方が早いですか。
「分かりました。ではまた後程。」
家の鍵を閉めて走り出しました。……街の樹海近くの門だと5分くらいでつきますかね。
「……今回ばかりは危なくなったら逃げてくださいとも言えませんね。でも死なないでくださいね。……この街を守ってください、お願いします。」
はぁ、はぁ、はぁ……。ようやくつきました。簡易的なテントがたくさん門の所にたてられてますね。どれが臨時ギルドでしょうか?
切れた息を整えながらうろうろしていると一番大きなテントから武装状態のアリスとイリスが出てきました。
「あ、ヨミさん!来たんですね。待っていました!」
「このテントの中にサブマスがいるので話は彼女から聞いて!私達はもう出ないといけないみたい!」
「分かりました!二人とも無理はしすぎないようにしてくださいね!」
「了解です!」
「お任せあれ!」
二人はそういうと門から街の外へ飛び出していきました。二人とも口ではいろいろ言っていますが、根は優しいんでしょうね。この街のためにできることをしっかりこなそうとしています。……手をできるだけ抜こうとか考えている私とは大違いですね。
一番大きなテントに入ると、その中にはほとんど人がいませんでした。スタンピードが始まってるんだからそりゃそうなんでしょうけど。残ってる人もみんな地図のようなものを囲んで真剣そうに何か話し合っています。
……そういえば私、誰がサブマスか知りませんね。どうしましょう。あー、誰か知ってる人いませんかねー。
あ!いました!いっつも気だるげな受付嬢の子もいます!忙しそうですけど、声だけでもかけに行きますか。
そろそろとその一団に近づいていって声をかけました。
「こ、こんばんはー。私、何かすることってありますか?」
「ひゃっ!!」
唯一知っている受付嬢の子の背後から声をかけると、彼女は飛び上がりました。……いや、驚かせるつもりはなかったんですけど。あ、この地図ってこの門近辺のですか。それもいろいろ書きこまれています。
「あ、ヨミさん!いいところに来ました!早速ですがお願いしたいことがあります!」
「は、はい。何でしょう?」
「外壁の上から戦況の把握と魔法の援助をお願いしたいです!中心付近にギルマスとゴリルさんのパーティーを配置しているので、Dランクに任せている外側を中心に援護をしてほしいです!」
あ、私は戦場に立つ必要はなさそうです。……よかったー。もうあの地獄は味わいたくないですからね。
「分かりました。ではさっそく行ってきますね。」
「お願いします!よしっ!これでどうにか立て直せそう!まだボスモンスターが見えてないのが怖いけど、でもどうにかなる、はず!」
おぉ。この子も普段はダルそうにしてるのに、しっかり者なんですね。それに嬉しそう。それ以外の人たちはさっきまで真剣、というか悲愴な雰囲気まで漂っていたのに、なんかハイタッチとかしちゃってますよ。……いや、別に私がいるからと言って勝ちが決まるとかっていうわけじゃないんですけど。喜んでくれるのは、まあうれしいんですけど。
「そういえばなんですけど、サブマスってどこにいるんですか?」
私の声が大きいテントの中に不自然に響きました。
?あれ?なんでみんな私の方を見てくるんですか?さっきまであんなによろこんでたじゃないですか。しかも私の方をみんな見てますよ。え?何か変なこと聞きましたっけ?私の前に立っていたあの実はしっかり者だった受付嬢の子も背筋がピンとまっすぐに伸びています。
不意に私の前に立っていた少女が私の方を振り返りました。そこにはとてもいい笑顔が浮かんでいます。
「申し遅れました。私、冒険者ギルドウリオール支部サブマスターのユイです。」
「あっ……。」
やっちまいましたね。まさかのサブマス本人でしたか。




