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プロローグ 中

 ……いっ、いったいなんなんですか、これ?!


 四肢を拘束されていながら、しかも眠っているのにも関わらずヨミの体は震えていた。なにせ、その女性の中に秘められた魔力は対面しただけで感じられてしまったのだ。


 煮えたぎるマグマを前に熱さよりも先に恐怖を感じるように、地を薙ぐ大嵐を前に風の強さではなく、本能的に死を直感してしまうように。

 その女性から感じられる魔力はあまりに大きく、そしてあまりに静かだった。まるで、これからおきる大災害を前にした一時の凪のようであった。目の前の女性が少しでも動こうものなら、恐怖から戦闘態勢に入りかねない。それほど膨大で、圧倒的な存在感を放っていた。


 ーーーやばすぎます!もしあの人がやろうと思えば一瞬で私はひき肉にされますよ!?!とにかくここから離れないと……!!


 ヨミが部屋の外に引き返そうと背後を振り向いた時、足元で小さな音がした。そして同時に背後からゼロ距離で杖を向けられているような、そんな寒気が走る。


 おそるおそる足元を見ると、そこには自分の杖が落ちていた。理性では逃げ出すことができていたが、体はそれについてこれなかったようだ。思わず自らの手を見るヨミであったが、その手は蛇に睨まれた蛙のように震えていた。


 ーーー私のバカ!!なんでこんな時に杖を握ってるんだよぉーー!!??あのミノタウロスみたいなのと戦った時だって持ってなかったのに!!!


 ヨミは意識できていなかったが、その女性と対面した時腰のポーチから杖を取り出していたのだ。だが、それも当然のことである。一体誰が剣を持った大男を前に平静でいられるだろう。不可能である。手近な武器になり得るものを探してしまうのは不可抗力なのだ。立ち向かうにしろ、逃げるにしろ対抗の手段を持つことで幾ばくかの安心感を得て、理性を取り戻すのだ。


 ヨミは杖を持ったことに後悔していたが、本来はそれどころか称賛されるべきなのだ。なにせ彼女は杖を取り出しただけで済んだのだ。その武器を目の前の女性に向けることなく、ただ手に取っただけだったのだ。

 もし万が一、杖を女性に向けようものなら敵意に反応した彼女はすぐさま目を覚まし、その圧倒的な力を無意識のうちに振るうだろう。当然、そんな暴力の権化のようなものを受ければ意識を保つことなどできずに失神し、運が悪ければ二度と起き上がることはできない。


 だが、ヨミは自らの杖を落とし、その音でゆるゆるのパンドラの箱を解き放ってしまった。


 ゆっくりと部屋の奥を振り返るとそこでは拘束されている女性の瞼がピクリと動き、開かれていくところだった。


「……む?……ああ、久しぶりの客人だな。人間、まだ生きていたいか?」


 ーーー生きたければ、この鎖を外してくれ。


 そう顔を歪ませながら開いた口の中からは二本の牙のようなものが覗いていた。開かれた瞳は紅く、瞳孔は金色に輝き、そこから鋭い視線がヨミに向けられている。しかし、その声は女性の見た目からは考えられないまるで地の底から大地を震わせるような低い声だった。


「ひっ!?……すいません!!お休みの所を起こしてしまって……!!失礼しました!!」


 咄嗟に物音を立てて起こしてしまった事を謝るヨミ。そして即座に振り返りダッシュで走り去ろうとした。

 しかしその様子を見た女性が慌てたように口を開いた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!話を聞いてくれ!!」


 その声には魔力が込められ、衝撃波を伴ってヨミの背後に襲い掛かった。突然の衝撃に足をもつれさせ転んでしまったヨミであったが、その顔はある一つの感情に染まっていた。

 その顔を見た女性は一瞬やっちまった、とでもいうように口をあわあわと動かし、気まずそうに視線を地面にずらした。

 だが、再度顔を上げた時にはそのすべての感情が消えていた。


「……いや、なんでもない。生きたければ外で待っているといい。運が良ければあるいは助かることもあるかもしれん。だが、私には近づきすぎるなよ。それだけで貴様ら人間は死にかねない。」


「……。」


 感情を殺し、淡々と告げる女性を見てヨミは依然固まっている。信じられないものを見たというような表情からどこか腑に落ちたように手を合わせ、一度目を閉じた。

 次の瞬間には穏やかなほほえみがその顔を彩っていた。


「……もしかして、その鎖のせいで困っているんですか?もし私でよければその鎖を壊すこともできますけど。」


「……何を言っている?いいから外で待て、私に近づくな。まだ生きていたいのだろう?」


「いえいえ、あなたは先ほど言ったじゃないですか。生きたいなら、この鎖をはずせと。それは嘘だったんですか?」


 まるで奇妙な物を見るかのように瞼をしばたかせた女性だったが、おそるおそるという言葉がしっくりくる様子でヨミに尋ねた。


「……貴様は、私のことが怖くないのか……?」


「何言ってるんですか、怖いですよ。怖いに決まってます。ここにいるだけであなたの莫大な魔力に押しつぶされそうです。」


「では、なぜ……?なぜ、私を助けようとする?」


「え?……うーん。ま、別に隠すようなことでもないし、いっか。

 ……命の恩人の言葉なんですよ。困ってる人がいたら、助けるに決まってる。それは善人も悪人もない。人として、当然のことだ、って。

 困っていそうな人に手を差し伸べて、もしその人が本当に困っていたら私は彼がすがれるわらになれるかもしれない。私程度が誰かの不安な心に光をさすことができれば、それは素晴らしいことだと思うんです。それにもし振り払われたとしてもその人が困っていなかったってわかるだけで充分です。


 みんながみんなできることじゃないということも分かっていますよ?もしみんなができていれば、きっと世界はもっと美しいんですから。だからせめて私だけでも困っている人がいたらとりあえず手を差し伸べるようにしているんです。」


「……随分と利他的な行動をとるのだな。そんな様ではいいように使われるだけではないか。」


「そうでしょうね。でも別にいいと思います。私は一度もう死んだようなものなんです。だから、この救われた命くらい恩人の考えに奉じるのもありかなと思っています。」


「……なるほどな。なら頼む。私をこの鎖から、解放してくれ。」


「分かりました。任せてください。」


 ヨミは短く了承の意を伝えると、すたすたと女性の背後の十字架へと向かった。

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[気になる点] >あのミノタウロスみたいなのと戦った時だって持ってなかったのに!!! んんんん? 第1話でナレーターさん(≒神の声)がはっきりと「ケルベロス」と呼んでいたのは「ミノタウロスみたいなの…
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