帝国騎士団第二部隊長 エレナ=コランダム
双方の軍勢が衝突する戦場とは少し離れたところで、同程度の衝撃を放つたった二人の姿があった。淡い水色の細剣による多彩な攻撃はさながら彗星のように戦場を彩る。そしてその変幻自在の攻撃を的確に受けきる大楯は城壁のように君臨している。
エレナの攻撃は基本的に水属性の魔法との併用である。魔法で蜃気楼を生じさせて自らの気配を隠し、それを操りありもしない攻撃を幻で再現する。その上で無属性魔法で強化した高速の一撃で勝負を決めに行くという、虚実一体となった対個人、対団体共に最も効率的な戦い方である。
攻撃の気配を感知できるほどの猛者でなければ一様にハチの巣にされるという凶悪な攻撃である。
相対するはギャラハッド。近衛騎士団の中でもかなり年の若い騎士であるが、そのために役割はただ一つに限られている。ただひたすらに守ること。
大楯の名はキャメロット。大昔の戦争で滅びた王国の名を冠するその大楯は絶対防御の異名を持つ。攻撃を受け流すこともせずに確実に受けきることができるが、その一方で一度防御姿勢に入ると攻撃に転じることは一切できない。
双方共に唯一と言ってもいいほどの相性が最悪の組み合わせだった。
エレナからしたら攻撃の一切が入ることがない。それどころか攻撃力がそこまで高くない細剣の攻撃では押し戻すこともできない。自身の攻撃がどれだけ相手に入っているかも分らない。それこそまるで倒れることのない大木と戦っているようである。そして反撃が怖いから攻撃の手を止めることができない。
一方、ギャラハッドからしたら息のつく間もない雨のような攻撃の量に、身動き一つすることができない。実際ギャラハッドに攻撃の気配を感知できるほどの経験はない。ゆえに幻全てを受けきるべく防御をしているのだ。いくら大楯のおかげで全てを受けきれるといえど、本人の限界がある。
「……なかなかやるな、小僧。」
「小僧って言われるほど年いってないだろ、あんた。……って言いてぇところだけどよ、不思議と違和感ねぇな。あんたいくつだよ。」
「女性に年齢を聞くな、愚か者。親に習わなかったか。」
「残念ながら親に教えてもらったのは強くなきゃいけねぇってことだけだ。」
「……そうか。まあいい。終わりにしてやる。
嫉妬奔流、起動。」
直後、空間を覆っていた薄灰色のもやが毒々しい紫色に変化した。湿度が一層上がり、ギャラハッドの全身を空間そのものに重さが生じたかのような異様な負荷がのしかかった。
「言ってなかったが、これも一応この蜃気楼も結界魔法だ。それに深淵を上乗せした。貴様に逃れる術はない。」
「……これが、お前の深淵か。」
「そうだ。抵抗するにはお前も深淵を使うしかないが、……使わないようだな。使えないのかもしれんが。」
「はっ、俺の深淵は強すぎるからな。使うのを禁止されてるんだよ。」
「そうか。だが、今使えないというのに変わりはあるまい。」
紫色に占められた空間の中でエレナは刀身を空間よりも薄い紫に染め駆け巡る。それによってギャラハッドは攻撃を目視で把握することがより難しくなり、防御が後手に回る。
そしてそれだけではない。
「おい、もう膝をつくのか?私はまだ本調子ですらないんだがな。」
空間を占める紫の蜃気楼が彼の体にまとわりつき、その体から体力、魔力、精神力その全てを奪い取っていく。そしてそのスピードは彼でも自覚できるほど速く、不動の盾を持つ彼の中に確かに焦燥という感情を沸き立たせた。
その結果、彼は膝をつき、もう分身ともいえる大楯を持てないほど消耗してしまっていた。
「……うるせぇ。」
「生意気なのは健在か。まあいい。どうせ死ぬのには違いがない。私が殺してやろう。その背中に乗ってるのと一緒にな。」
「……ハハッ!」
大楯にすがるように立ち上がったギャラハッドは不適にも笑っていた。
「……何がおかしい?」
「いや、なに。まだわかってないのか。お前は深淵を使ったんだぜ?なら寝てても気づくだろうよ。」
直後、ギャラハッドの背に乗る幼女から強烈な気配が発せられた。
「な、なんだ?この気配は?」
「俺が深淵を使わないように監視してたのが、このパーシィだぜ?なら深淵の気配には敏感じゃなきゃな。」
幼女はギャラハッドの肩に手をかけ立ち上がった。その様は幽鬼の如しであり、エレナも無意識に一歩後ろに下がってしまうほどであった。
「おいこら、クソガキ。使うなって言ったやろ?なんで使ったん?」
その幼女はギャラハッドの頭に手をかけ、地面へと引き倒した。
「ち、ちげぇ!俺じゃねえ!!あいつだよ!」
「つまらん嘘をつくんやない!……って部隊長かい。ほんまにあんたやなかったんかい。」
「そう言ってんだろ……!」
「……はぁー。仕方ない。おじさんが相手をしてあげようやないか。
微睡症候群、起動。」
幼女の言葉の直後、エレナの深淵が乗っていた結界魔法は吹き飛ばされた。
「さて、仕切り直しやね。」
呆然としているエレナにパーシィは楽し気に語りかけた。




