ガート=ダイヤモンドという男
その男が生を受けたのは遥か昔。神々との戦争が終わり、魔人や吸血鬼との種の生存をかけた戦争の真っ只中であった。
リヴァイアサンが十六夜戦争と話したそれは文字通り、十六回夜が明けるまで戦争が続いたということである。しかし、これがただ十六日であったかというと実際はそんなことはなかった。
神性領域、千年極夜。大陸全土を飲み込む規模で発動したその神性領域は世界から昼を奪った。空には絶えず昏く、そこには不気味な朱い月が浮かんでいたという。それら全てが吸血鬼と魔族のステータスを底上げし、それ以外のヒトや亜人のステータスを下げた。
ただでさえ死が遠い魔族と吸血鬼がより死から遠ざかった。その結果、神星戦争の時よりも世界に絶望が広がった。その神性領域の中で戦えたのは同じく吸血鬼の真祖であるアリエルらと高いレベルで深淵と結界を運用できる一部のものに限られた。
それ以外の人間は徒党を組み、魔物を倒してその日暮らしの生活を送っていた。誰もが明日を信じられず、忍び寄る死の気配に怯えていた。
そんな中人間が生き抜くことができたのは真祖と呼ばれる吸血鬼の存在が大きい。始祖が戦うためではなく、守るために作り出した彼らは徒党を組んで生き延びる人間を陰ながらサポートしていた。もし彼らの活躍がなければ人間という種は絶えていただろう。
そんな生き地獄の中に男は生まれた。
その男は特異であった。その目にはこんな世界で生きていかねばならない生への絶望ではなく、この世を焼き尽くさんばかりの理不尽に対する大きな怒りがあった。
心が折れた人間に怒りを抱くことはできない。それほどまでの余分なエネルギーがないのだ。だが、彼は怒り続けた。
この理不尽だらけの世界に、強大な敵に、抵抗しようとしない人間に、そしてどこまでも脆弱な自分に。
食べ物も満足に得られないような環境下において、肉体的に成熟しきらないのは当然であるが、それでも彼は自分を許さなかった。
弱い魔物を死に物狂いで倒してその屍肉を食らい、それがなければ草木を、土をも食み生き抜いた。
そんな中で彼はある一つの出会いを果たす。
思わず魔族の男と遭遇した時のことである。人間と同じ外見をしているのにも関わらず、目は月夜に妖しく紫に輝き、肌は白い。一目見ただけで別の種族だと分かるその存在は彼を見つけたことで興奮しているようだった。
―――人間を見つけた。きっとここら辺にわらわらといるだろう。
その言葉を聞いて無意識に感じてしまった恐怖が収まった。そして代わりに集落にいる彼の家族のことを考えると怒りが噴き出してきた。失望しているが、それでも家族だ。守りたいと思うのは当然のことだろう。そして死を覚悟し、最悪でも道連れにしてやると戦いに望んだ彼であるが、その戦いが行われることはなかった。
「……無駄。お前程度なら瞬殺できる。」
彼と同年代位の少女がゆっくりと空から降りてきながらその男の肉体を消し飛ばしたからだ。紫の髪をなびかせながら降り立った彼女は、彼の方へと振り返ると視線は合わせずに無感情に告げた。
「さっさと帰りなさい。」
その光景に我を忘れて見惚れていた彼であるが、その言葉で我に返った。そして沸き上がってきたのはやはり怒りであった。
「なんで邪魔をした。じゃなけりゃ、俺が倒してた。」
「?無理。あなた程度じゃアレには勝てなかった。」
「うるさい。俺が倒してたんだよ。」
「?」
「俺が、倒さないといけなかったんだよ!それくらい、強くならないといけないんだよ!」
怒りで塗りつぶしていたとしても恐怖もあったのだろう、彼はその場に座り込み、駄々をこねる幼子のように泣き出した。
その時、初めてその少女の顔に表情が浮かび上がった。
―――泣いてる?なんで?怖かったから?でもそのセリフには合わない。どうして?
「……強くなりたいの?」
「そう、言ってんだろ!」
「なんで?あなたが頑張ってもたかが知れてる。大した差はない。」
「そうじゃねぇよ……!こんなクソみたいな世界がどうなろうと興味はない!自分がいつ死んでも構わない!
だけど、このクソみたいな世界に負けて死ぬのだけは嫌だ!!」
「そう。」
「お前らみたいな化け物がやりたいようにやるのもいい!でも、俺は!お前らに!この世界に!どっかにいる神に!死ぬその時まで抗い続けてやる!
それだけが、俺が今生きている理由だ!」
「いい目をしてる。……いいよ、手を貸してあげる。」
「は?」
「いい加減生きようともしてない人間を助けるのも疲れた。同じ助けるなら、あなたみたいなのを助けてあげたい。」
「……いいのかよ?俺はあんたを裏切るぞ。」
「勝手にして。あなたにしてあげるのは、戦争が終わるまでの暇つぶしだから。」
その少年はガート。この世界を壊すため、そのためだけにサーシャに従う将兵である。




