閑話 帝国にて
「久しぶりの招集に応じてくれて感謝する、我らが誇る部隊長よ。
諸君らは陛下のお言葉を聞いたな?」
場所はどこよりも大陸の中央に近い場所、帝城の中。世界樹と半ば一体となっているこの城に、帝国の実力主義の中で生き残った上位10名が勢揃いした。太陽の騎士団の上位10名、すなわち帝国の人民における最高戦力である。
黒い円卓についた彼らに声をかけるのは、一人の男である。最も上座に当たる一際立派な席の側に立つその男は宰相という位についていた。内政の全ての責任者であり、唯一皇帝であるサーシャが信頼を寄せる男だ。
「ああ、聞いたぜ。これが最後になるんだろ?」
その中でも最も粗暴な男が真っ先に反応した。太陽の騎士団、その第一軍を率いる第一部隊長である。着ている服は全てボロボロで、つけている剣は途中で折れている。まるで敗残兵のようであるが、一番の実力者であることに間違いはない。
だが、そんな彼に注意の声をかける者がいる。
「ガート、言葉には気をつけろ。宰相様は陛下の名代としてここにいらっしゃっている。」
彼は第二軍を率いる第二部隊長、エレナ。10人いる部隊長の中で3人しかいない女性のうちの一人である。赤い髪を靡かせる彼女は同じく赤い瞳でガートを厳しく睨みつけた。
「あぁ?俺よりも弱ぇやつに言われても響かねぇなあ?なあ、万年ナンバー2さんよ。」
「……安い挑発だ。程度が知れるな。」
「はっはっはぁ。そんな挑発にも乗れない腰抜けはどこのどいつだろうなぁ?」
太陽の騎士団最高戦略室。それが彼らがいる場所の名称であるが、その広間が二人の放つ魔力によって揺れ始めた。ガートもエレナも互いの挑発を受け流せるほど単純な関係ではなかったのだ。
それを何度も経験し、身をもって分かっている他の8名は速やかに円卓から離れ、壁付近まで退避した。が、普段は宰相も退避するはずが彼だけが退避せずその場にとどまっていた。
二人の間に緊張が高まり、それが音もなく弾けた。
次の瞬間には円卓の上で互いの首筋に得物を突き付けている二人の姿があった。ガートは折れた剣を、エレナは細剣を鞘ごと抜いていた。
「おうおう、得物の長さにこんだけ差があんのに同時かよ。」
「ふ。見てみろ、私の手を。伸ばしきっていないだろう?やろうと思えば首を一突きだったぞ。」
鞘付きでの攻撃から見ても分かるが、彼らに敵意はない。互いに殺し合った所で意味はないし、魔王にとって不利益しかない。そのため、不仲はあくまで互いの力量が落ちていないかを計るパフォーマンスのようなものだった。
そんな二人の様子を見て宰相は小さくため息をつき、静かに続けた。
「双方、控えよ。陛下の御前であるぞ。」
その宰相の言葉で初めて彼らは宰相の側の椅子に座る少女の気配に気づいた。それはこれまで気付かなかったのが不自然なほど強大な気配だった。
「ッ!?」
ガートとエレナはすぐさま魔王の側に膝をつき、残りの8名は音もなく席の前で敬礼をした。
「ん?どしたの?座って。いい余興だった。」
魔王は不思議そうに自身に跪く二人に声をかけた。
「陛下ッ!御前でお目汚しを失礼致しましたッ!この責、首をもって償いたくッ!」
「陛下。私もガートに同じでございます。どうか、赦しを頂きたく。」
二人の言葉に得心がいったのか、サーシャは小さく微笑んだ。
「気にしない。言ったでしょ?いい余興だった、って。いいよ。
でも私の気配に気付けたのがブラドだけだったのは少し悲しいかな。だからもっと強くなって。」
サーシャの言葉の直後、一陣の風が吹き、ガートとエレナの後ろに残りの8人も跪いた。
「「「はっ!我ら尊命として拝受いたします!」」」
「ん。席について。話を始める。」
再度風が吹き、次の瞬間には彼らは席に着いていた。
「今日来たのは次の戦争が最後になるから。これまで何度も世界を滅ぼす機会はあった。それこそ戦争の度にみんなが全力を出していたら、終わっていた。
だから、今度全部を終わらせよう。」
「陛下ッ!つまりは深淵の使用許可が出るということでよろしいでしょうかッ!」
「そう。私達の目的は鏖殺。そのための手段は選ばなくていい。演説で話した通り、次の戦争に全てを込める。」
ガート以外声を発さなかったが、これまで余程消化不良だったのだろう、彼らの内心の騒めきが空気に乗って揺らしていた。
「ああ、そういえば。私は出ることはないけど、例のものはやっておくから。できたものは好きに使ってね。指揮系統はあなたたちにしておいたから。
第一部隊長ガート=ダイヤモンド、第二部隊長エレナ=コランダム、第三部隊長アンセルク=トパーズ、第四部隊長モードレッド=クォーツ、第五部隊長イェソド=フェルスパー、第六部隊長バウ=アパタイト、第七部隊長ジェイムズ=フルオライト、第八部隊長アゾット=カルサイト、第九部隊長オーロラ=ジブサム、第十部隊長リョーマ=タルク。
うん、久しぶりにフルネームで呼んだけど、やっぱり全員覚えてる。あとのことは全部任せたよ。」
満足げに彼らの名前を呼ぶと、彼女は自身の部屋に戻っていった。
彼女の退去後、部隊長たちの雄叫びが戦略室の中を木霊して震わせた。




