閑話 アーサーの誓い
「……ッ!!」
勇者と名高き王国の希望足り得る彼は今、壁に拳を打ち付け、その顔を自責と後悔に歪ませている。
「情けないッ!」
彼が天地開闢の光を目の当たりにして意識を失ってから、目を覚ましたのは全てが済んだ後であった。
「何が、困っている人すべてを助けたいだ!ようやく取り戻した、大切な人すら守り切れないくせに!」
ティターニアは精霊と完全に同化するために休眠に入り、サーシャはヨミを連れ去った。そんな中、今街は最後のお祭りに入っていた。確かに街の南部は崩壊し、領主は寝込んでしまった。だが、それでも海神リヴァイアサンを犠牲をほとんど出さずに追い返した。それは住民からしたらまさしく神話の経験そのものであり、慶事以外の何物でもなかった。
そんなお祭り気分の街にいることすら、彼からしたら苦痛だった。何かを祝う気分にはなれず、そして彼の善性ゆえにそれを妨害したいという気持ちにもなれなかった。
「……。」
今彼は自分の宿の中にいる。そしてその手には一本の杖が握られていた。
その杖も彼を追い詰める一因であった。
その杖はまだノアが生きていた時、ノアの身を守るために近衛騎士団副団長になった時に記念に贈ったものだった。
「なんで、これがここにあるんだ……!もう、僕は彼女の助けにすらなれないというのか……!」
かつてノアが掲げた願いを知るのはほとんどいない。だが、その王族ゆえの大きな誇りと優しさに裏付けられた願いは彼を変えた。
それを聞いたのは騎士団に入団してすぐの頃だった。初めて組んだペアの相手がノアで、その彼女の崇高な願いを聞いた。それからの彼は、ただの正義の味方ごっこではなく、彼女の願いの先を見たいと願ったのだ。
その杖の正体は原初の聖剣、祝福告げる始まりの剣。効果は願いを形にすること。それに一切の制限はなく、どんなに抽象的であってもその願いは果たされる。
自身に計り知れない制約がかかることを知っていても、彼は彼女にそれを贈ったのだ。
形にした願いはーーーノアを側で守り、そして彼女の願いを叶えること。
「……。」
その杖があるということは、つまり、彼女の願いを叶えるために彼の力は不要になったということ。彼では彼女の信頼を得ることができなかったということ。彼女の願いの先の景色を一緒に見ることを拒否されたということ。
―――たとえそれが無意識のうちであったとしても。
「……何をしている。」
光のない部屋に静かな声が響く。突然気配なく現れたその少女は荒れ果てたアーサーの姿を見て、一瞬憐憫の情を浮かべた。
が、それも一瞬のことですぐに表情を消した。
「ヨミが攫われた。取り返しに行くぞ。」
「……」
「……まあ来ないなら来ないで構わない。私一人でもどうにかなるしな。」
彼女の声に反応を示さないアーサーに見切りをつけたのか、アリエルは足早にその場を立ち去ろうとした。だが、そんな彼女の背に声がかかった。
「待ってくれ。」
「……なんだ?」
「なんで、あなたは普通でいられる?娘を攫われたんだろう?しかも目の前で。なんで冷静でいられる?僕は、……自分の無力さに死んでしまいたいほどだ。」
一転して疎ましそうな視線を向けていたアリエルであるが、アーサーの問いは不愉快であったようで、一瞬眉を吊り上げた。
が、怒るほどではないと感じたのか、それとも怒るほど興味がなかったのか、すぐに表情を戻した。
「普通、冷静か。正直初めての経験で自分でも今の状態が理解できていない。が、そのどちらでもない。できることならすぐにでも取り返しに行きたいくらいだ。目を覚ましてからずっと一緒にいた、娘のヨミと離れ離れになったというだけで気がおかしくなりそうだ。
……だが、今の私にはその力がない。まだ全然回復しきっていない。邪神はおろか、サーシャにすら勝てない程度だ。」
―――だから確実に助けられるように今は耐える時だということだ。
アリエルにだって後悔はある。
あの場でノアを、ヨミを一人にしなければよかったと。一緒に連れて来ればよかったと。たとえその結果リヴァイアサンによってこの街が破壊され、多くの人が死ぬことになったとしても。
だが、今それを考えてもヨミは帰ってこない。かつての戦争で死んだ人間が帰ってこなかったように。
なら、今できることを把握して最大限それを成し遂げるというだけだ。そしてそこには感情が不要であると判断した。
「後悔はいい。私も死ぬほどした。だがそれは今ヨミを助けるのに必要か?」
「……。」
「最後にもう一度問うぞ。ヨミを取り返しに行くぞ。」
アーサーからしたら初めての経験であった。勇者という称号は彼を問答無用で人類最強にまで連れて行った。そのために、彼に助言する者はいても、彼の悩みに寄り添い解決に導くほどの含蓄がある人間はいなかったのだ。
アリエルはSランクの中でも一位。彼よりもはるかに上位存在であり、ゆえに彼女の言葉はアーサーの心に響いた。アーサーが抱える不安はアリエルが既に通ったものであることも影響してるだろう。
アリエルが差し出した手をアーサーは縋るように掴んだ。
「行く……。今度こそ、握った手を離さない……!」
ノアが死に、ヨミとなった後も影で見守り続けた彼は、心に誓った。




