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閑話 心の奥底で

「……落ち着いた?」


「……はい。」


 ヨミは自らの心の奥底に閉じこもっていた。そこは光も届かぬ深海のように真っ暗で、どこまでも冷たかった。


 彼女の心は当の昔に限界を迎えていたのだ。


 誰もやりたがらない、けれども誰かがやらなければならないから自分がやるしかない。しかもその動機は自分が真に望んだことではなかった。空っぽすぎるがゆえに、気づいたら自分の中にあった勇者の生き様を自らの指針だと錯覚してしまったから。それに尽きる。


 彼女から見た世界はどこまでも空虚だった。先天的な魔法の才能のせいか彼女に味方は長いことおらず、ようやくできたアリエルも自分とは隔絶した存在でどうすればいいのかわからなかった。


 そう、彼女は少し才能があるだけのどこまでも普通の少女だった。


 世界を良くしたいと考える人間はいても、それを実行できる気概や才気がある人間は限られるように。誰かを殺してしまいたいほど憎んでいても、実際にそれを行動に起こせる人が限られているように。


 そんな普通の少女が、自分を大それた願いと繋げていた糸のように細い線はもノアの存在によって解かれてしまった。それを繋ぎ留めておくほどの責任感も執着もなくなってしまった。


「そうです。私はそんなことはできません。困っている人を助けたいと思った事はありますが、それも自分の手が届く範囲に限られます。目の前で倒れた人がいれば手を差しのべるでしょう?それだけなんです。

 目にも見えないほど遠くにいる人を助けたいなんて、考えたこともなかった。」


「うん。」


「それにようやく違和感の正体に気づけました。なんで私がこんな願いを持ったのか分からなかったんですが、それは彼女の願いだったからなんでしょう。

 ほら、精霊さんと契約を結べなかったのも、私がいたからでしょう?ノアさんが契約を結んでいたらすんなりといったはずです。」


「そうかもね。」


「……ふふっ、考えたら簡単なことじゃないですか。ノアさんが目覚めた以上、私がいる意味ももうないでしょう。なにせ元からの願いを持ったのはノアさんで、この体もノアさんのもの。願いと体が一致するのであれば、それこそ矛盾はないじゃないですか。


 私が生まれたのはただノアさんが一度倒れてから起き上がるまでの保険のためだったんですよ。」


 もう、消えてしまいたい。そんな悲痛な声が彼女から聞こえてくるようだ。


「……確かに、そうかもしれない。でも、本当にそれでいいの?」


「……何がですか?」


「ほら、ノアの様子を見てみて。」


 夜の精霊が手をかざすと、ノアの視界が空中に映し出された。


 今はだれかと戦闘中のようだ。時たま映る紫色の髪をした少女は間接的であるのにもかかわらず、ぞっとするほどの何かを纏っていた。

 その少女と戦うノアは光と炎の魔法、それにおそらく彼女の深淵(アビス)を上乗せして戦っているが、どの攻撃も彼女に届かない。一方的に攻撃を食らっている。


 それに吸血鬼の体であるにもかかわらず、回復が自動で行われていない。何をしているのか分からないが、おそらく自己治癒を阻害する何かがあるのだろう。


 回復魔法があるからまだ致命傷には至ってないが、それでもこのままでは時間の問題であろう。


「苦戦しているね。」


「そうですね。ですが私には何もできませんよ。私よりも魔法の扱いが上手ですし、なんなら私以上にあの深淵(アビス)とかいうのも使いこなしているじゃないですか。」


 ヨミの言う通り、ノアは魔法の発動までがとても短く、そして魔力そのものの支配もヨミよりも数段階上だった。


「確かにその通りだね。でもよく見てみて。」


 二人しかいない空間に新たにもう一人の気配が現れた。


「彼女の攻撃が当たっていないのは、避けているからじゃない。攻撃自体が彼女に当たってないんだよ。」


「あれ?王様?」


「うん、久しぶり。ねえ、ヨミ。どうしてだと思う?」


 うずくまったままの姿勢で顔を少し上げていたヨミに精霊王は目を合わせる。疲れ切った彼女の目に精霊王の夜を包んだかのような優しい瞳が映る。


「さあ、分かりません。そもそもあの場にいないんじゃないですか?」


「うん、間違ってはないね。厳密に言うと、彼女はあそこにいるようでいないんだ。彼女の権能“平行”によってね。」


「……はぁ。なら余計何もできないじゃないですか。見たところ深淵(アビス)でも対抗できないんでしょう?」


「うん。でもね、君にはそれがあるんだよ。真祖の姫たる君にはね。」


「……。」


「始祖の吸血鬼が初めて作った吸血鬼は姫となり、親の権能を引き継ぐことができる。時間がかかるけどね。つまり、今君の中には“空間”の権能が芽生え始めているということさ。」


「……なんでそんなことを知ってるんですか?」


「そりゃ、吸血鬼は僕が創ったからね。文字通り僕の子供なわけさ。それで、どうするんだい?」


「……なにがですか?」


「今の君には彼女を助ける術がある。今なら僕がそれを教えてあげられる。


 さて、君を助けるために今戦っている彼女のために少し頑張ってみる気はないかい?」

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