領都騒乱・終結 その3
「ああ、本当に親子なんだ。お母さまと同じ顔してる。」
アリエルの怒りを前にどこか懐かしいものを見たかのようにサーシャは呟いた。だが、その感情が言葉に出ることはなく、放たれた言葉はどこまでも淡々としていた。
その時、サーシャの体に数本の剣が突き刺さった。
「今の話は本当か?ヨミという少女を攫ったというのは。
だとしたら俺たちの恩人だ、返してもらうぞ。」
剣を刺したのはセロを始めとしたノアに助けられた冒険者であった。文字通りの死地から救われた彼らはついさっきまで倒れていたのを忘れたかのように立ち上がっていた。
「さあ、言え。どこに隠した?」
「……寝てたら?せっかく彼女に助けられたんでしょ?」
「うるさい。そんなのが恩を返さない理由になるのか?」
「はぁ、すごい自分勝手。彼女のことを何も分かっていない。それに……。」
突き刺さった剣を無視するようにゆっくりと振り返った。その顔にはやはり表情はなく、無感動に自分を突き刺した人間を見ていた。
「こんなことしても無駄。あなたたち程度の攻撃は私に届かない。」
剣が突き刺さった感覚があったのにもかかわらず、まるで何もなかったかのように振る舞うサーシャにセロたちは戦慄した。
驚愕の表情を浮かべたまま固まっているセロに、サーシャはゆっくりと浮かび上がって手を伸ばした。
「やめろ。」
瞬時に転移したアリエルはその手を掴み、サーシャを上空へと飛ばした。
「早い。さすが叔母様。
……でも、無駄。今の叔母様の手に届く場所に彼女はいない。」
「ほう?言うようになったじゃないか。私が寝ているたった数千年の間に随分鼻が伸びたんじゃないか?」
「……いいや。叔母様は今まで“運命”でティターニアの治療をしてたでしょ?しかも慣れない過去の操作を。無理だよ。」
「……。分かっているのか。私を敵に回すことになるんだぞ?」
アリエルから一層の怒りと同時に魔力が沸き上がった。その怒りを受けてサーシャの顔が少し歪んだが、それでも変化はそれだけであった。
「……それは嫌。でも、仕方ない。今彼女を返すわけにはいかない。」
「そうか。……いいだろう、なら今は見逃してやる。だが、ヨミに何かあったら、分かっているな?」
「うん。叔母様を敵に回すつもりはない。」
その言葉を聞いたアリエルは怒りを鎮めた。遥か昔の話と言えど、家族としての信頼関係があったのだろう。
「2週間だ。それだけあれば最低限回復するだろう。首を洗って待っていろ。」
「うん。待ってる。……そうだ、ちょうどいいからそのタイミングで戦争も始めちゃうね。」
その時、全世界で数十年に一度起こる異変が観測された。
それは各国の首都や主要都市のみならず、集落と言える全ての場所の中心地、その上空に一人の少女が現れたのだ。その姿は残像のようなものではなく、確かな実体を持って存在していた。
そしてその少女はすべての場所で同じことを言祝ぐ。
『我が名はサーシャ=ヴァレンティ。2代目ヴァレンティ帝国皇帝にしてSランク冒険者の“魔王”である。』
『今より2週間の後、我がヴァレンティ帝国は他の2国に対し戦争を開始する。ゆえにこれは宣戦布告であると心得よ。』
『だが、安心するといい。私が直接出向くことはない。我が精鋭、太陽の騎士団とその10人の部隊長が両国に対し、侵略を開始する。』
『全ての兵力を持って、お前達を攻め落とす。命と尊厳、それらすべてを守りたければ全力で防衛するといい。』
これまでの戦争全てにおいてもはや慣例ともいえる行事であったが、今回の話にはまだ続きがあった。
『この戦争がヴァレンティ帝国2代目皇帝としての最後の戦争になるだろう。命と魂、そのすべてを賭して抗うといい。』
『私は生も死も、勝利も敗北も、そのすべてを歓迎し、祝福しよう。それがきっと、私の6000年の答えなのだから。』
『最後に改めて宣言する。私は初代魔王、ノエル=ヴァレンティの遺志を継ぐもの。真祖の吸血鬼にしてこの星と人の存続を希うものである。
―――さあ、お前達人間の答えを教えてくれ。』
それだけを言い残すと、少女の姿は音もなく露と消えた。
「うん。これでいいね。」
サーシャの宣戦布告の演説は当然領都にも響いていた。誰もの顔が不安に染まる中、アリエルだけが意外そうにサーシャの顔を見ていた。
「サーシャ、お前は……。まだ、あんなものを……。」
「叔母様。いくら叔母様でも、お母さまの理想を悪く言うのは許さない。」
サーシャの顔が初めて不快に歪んだ。カレンに怒気を向けた時でさえ、表情が揺らぐことはなかった。それほどまでにサーシャにとって母親の話題は地雷だったのである。
「……すまない。だが、そうか。そうだったのか。」
「?まあいいよ。私は帰る。」
サーシャの姿が揺らぎ、空間に溶けていくように消えていく。だが、その途中で思い出したかのように口を開いた。
「ニア。」
「!お姉さま?」
「少しは強くなったね。でも、その程度なの?」
「ッ!?」
「そんなんじゃ、ダメ。そんなんじゃ……。」
言い切る前にサーシャの姿は消えてしまった。サーシャが何を言いたかったのか、それが分かるのはアリエルのみであった。
だが、それ以外の彼らがその意味を身をもって知るのは、世界が最大の危機を迎えるときとなる。
6話ほど閑話を挟んでから3章に入ります。
今後ともよろしくお願いいたします。




