領都騒乱・終結 その2
「くっ……、ぅ……。」
ティターニアはアーサーと共に港に飛ばされていた。危機から脱したと同時にアリエルが来たということがティターニアの緊張を解いたのだろう、全身を倦怠感とそれを超える痛みが襲いだした。
ただの魂と肉体の疲労だけでなく、精霊との同化による変質があった。ある種の進化であるが、元の体が吸血鬼であることもあり、先例がないのだ。
まるで世界があるべき形を探しているかのように、ティターニアの体を弄る。その度に激痛と不快感が襲いかかり、ただ体を亀のように丸めて耐えるしかできない。
ーーーああ、痛いな。……こんな時くらい頭に頭が支配されてくれればいいものを。どこまでも冷静で困るな。
永年の生は、彼女から人間らしさというものをおよそ全て奪い取っていた。痛みはあれど、それは危険信号ではなく他の感覚と同じただの刺激でしかなかった。
だが、魂が変質しかけているためか、魔力は一切感じられない。深海に閉じ込められたかのように感覚は閉じられ、その分思考は加速する。
ーーー叔母様が来て、つい安心してしまったが、良かったのか?
ヨミは叔母様の戦いをあまり見たことがないと言っていた。つまり、叔母様が目を覚ましてからこれまであまり戦ってないということ。
あの叔母様が?誰よりも前に立ち、鮮烈な戦いを私たちに魅せていた、叔母様が?
その内心には他者への無関心があったと私は知ってあるが、それでも戦いに貪欲だったのは確かだ。しかも、今は私たちだけじゃない、娘たるヨミがいる。
となると、俄かに信じられないが、もしあるとすればそれは戦わないのではなく、戦えない。……そこまで消耗し切っているということか。
現状の不安が心の奥に巣食っているのか、意図せず思考がネガティブな方向へと進んでいく。
ーーーだとしたら、私は、また同じことを。また、同じ過ちを。あの時と同じように、叔母様に無茶をさせてしまった。
そうだ、あの時だって私が調子に乗ったせいで、結果お母様、叔母様、叔父様が全員死んでしまった。
…………ああ、結局私は、何も変われてない。
「何をくだらないことを言っている、ニア。」
「叔母、様……?」
そんな呆れたような声を耳が捉えた。思考が途切れ、意識が覚醒していく。アリエルの側に寝かせられているようだ。
「そもそもとして、私のことは私の問題だ。お前が責任を感じる必要はない。
それに変われてないだと?そんなの当然だ、たかが6000年だ。私はその何倍も生きているが、変わったことなどない。
それに見てみろ。」
アリエルに支えられながら起き上がると、そこは領主館であった。
視界の中で精霊騎士団の面々が膝をつき、ティターニアの回復を泣きながら喜んだ。その後ろで避難していた住民がホッとしたかのように張り詰めていた雰囲気を取払い、暖かい拍手を送った。
「この光景こそ、今も昔も私にはなかったものだ。かつてのお前もなかったはずだが、今はあるだろう?
ーーー十分変われているさ。」
自分にはないと思っていた。これまで惰性で守っていたこの街の住人に親愛の情を感じることなど、未来永劫ないものだと思っていた。ましてや、彼らから慕われることなどあり得ない。
そして、もしそのような感情を向けられても何も感じられないと思っていた。
ーーーいや、思い込もうとしていた。
「お前は一人じゃない。たとえお前が何になろうと、ニアというその本質は変わらない。そうである以上、彼らはお前を見限ることはない。私たちもいるが、それ以上に彼らがいる。それがわかったか?」
「……ッ、はい。叔母様。」
ティターニアの浮かべた笑顔は6000年ぶりの屈託のない、とても愛らしいものだった。精霊と同化しきったせいだろう、髪と目から色は失われ、もやは外見から吸血鬼だと判別できなくなったが、それでも彼女は独りではなくなった。
初対面のヨミに自らの長年の苦痛を、忠告に形を変えてはいたものの吐露してしまうほどに彼女は追い詰められていたのだ。真祖という吸血鬼の王でありながら同族はおらず、一人だと錯覚して数千年を生きてきた。その苦痛から真祖は解放されたのだ。
その苦痛を理解できずとも、彼女がそれから解放されたことに気づいたアリエルは穏やかな笑顔を浮かべていた。
「手のかかる娘を持ったな、ノエル。……お前もそう思うだろ、サーシャ。」
「やっぱり気付いてた?」
上空からゆっくりと舞い降りてきた彼女はアリエル達と精霊騎士団の間に静かに降り立った。ティターニアと同年代程度の少女の外見をしているが、纏う空気はどこまでも冷たく、ただ立っているだけでさっきまでの祝福のムードを消し飛ばした。
「……お、お姉さま。」
ティターニアが驚いたようにその正体を呟いた。
「それで?言い訳でもしに来たのか?」
「?」
「気付いていないとでも思ったのか?ヨミをどこにやった?」
アリエルから怒りが放たれた。だが、それは完全にコントロールされており、サーシャ以外にはたとえ余波であっても向けられていない。
幸か不幸か、それが精霊騎士の動きを妨げることはなかった。




