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街中決戦 その12

 カレンの攻撃によって円形に更地となった街の中に2人は敵意もなく静かに佇む。


「用?特にない。」


「そう。なら帰ったら?でもそれも連れて帰るならリヴァイアサンを止めておいて。」


「ん?リヴァイアサン?……ああ、あの子まで起こしたんだ。突然アレを持ってきたから何をしたかと思えば。頑張ったんだね。」


 表情を一切変えずにそれでも労わるような声音で足元に倒れている男に声をかけた。当然男は反応できないわけだが……。


「なら、ダメ。この子が頑張ったなら、その邪魔はダメ。」


「はぁ?このままじゃここがリヴァイアサンに破壊されつくされるんだけど?」


「?ニアがいるのに?」


「関係ないわよ。その男を引き渡すならリヴァイアサンも回収していけって言ってるの。問うか交換でしょ?」


 考えの見えない顔でサーシャは少し黙ると、すぐに小さく口を開いた。


「やっぱりダメ。リヴァイアサンとはいえ、鎖で制限されてる。あれくらいどうにかしてくれないと……。私が困る。」


「そ。ならこのまま帰すわけにはいかないわね。」


 刀に手をかけながらカレンはサーシャに一歩近づいた。


「戦う気?」


「仕方ないじゃない。私は、剣神は大恩ある方を守るためだけにある。ならあくまでそれに殉じるまでよ。」


「禁忌を破った代償を受けることになっても?」


「愚問ね。生き恥を晒すくらいなら死んだほうがましよ。」


 小さく息を吐くとサーシャは小さく息を吐いた。


「……仕方ない。1年もあれば、まだ間に合う。きっと。


 ―――来るといい。相手をしてあげる。」


「秘剣、抜刀―――天衣無縫・閃影。」


 カレンの刀から光線に似た斬撃が放たれ、その光から生じた影から斬撃が生じる。この影の斬撃が光の斬撃が敵に到達する前に発生し、後追いする。


 その光の斬撃が権能である“複製”によって大量に分化し光と影の斬撃がサーシャに襲い掛かった。


「……バカ。」


 サーシャが目を細めると、足元で横たわっている男と一緒に消えた。


 次の瞬間には男の姿はなく、サーシャだけがカレンの背後に立っていた。


「……やめとく。気が乗らない。あなたも納めて。」


「ならリヴァイアサンを止めなさい。」


「……それはダメ。これはカリギュラに関係ない。ただ、ニアにも強くなってもらわないと。」


「一応言っておくけど、さっきのは手加減したわ。あなたに当てるつもりなら奧伝の方を使ってた。言ってる意味、分かるわよね?」


 次は当てる。嫌なら、分かってるわよね?とでも言いたげな分かりやすい脅しである。だがその程度の脅しではサーシャの心を揺らすことはできない。


「なんで分からない。このまま弱いままじゃ、ニアは死ぬと言っている。」


「そうならないために私がいる。」


「どうしてそう思う?どうして言い切れる?

 あなたもニアも、知らないだけ。邪神の眷属の恐ろしさも。仲間が死んだときの虚しさも怒りも。そのすべてをただいるだけ、それだけで吹き飛ばすあの圧倒的なオーラも。」


「そんなの知っているわよ。初代剣神の記憶は引き継いでる。」


 その言葉の直後、サーシャから僅かな怒気が漏れた。それは彼女からしたら思わず揺らいだ程度のものであるが、カレンをもってしてもそれに触れた途端体が緊張で強張った。


「……所詮は伝聞。伝聞と経験はまったく違う。希望的観測で、物を語るな……!」


 怒気はすぐに散ったが、それでもそれが及ぼした影響はあまりに大きかった。


 カレンは対等であると考えていたSランクの中にある確かな差を思い知らされたのだ。


「なら、私が助けに行く。邪魔しないで。」


「言ったはず。ニアには強くなってもらうと。あなたが邪魔をするのは認めない。」


 静かな闘気がサーシャの体から立ち上る。今度はサーシャも戦うつもりなのだろう。


 Sランク同士、前代未聞の戦いの幕が今落とされようとしていた。


 Sランクはただの最強の称号ではない。唯一この世界を邪神の手から守ることができる力を持つもののことなのである。そのために彼ら同士が戦うこと自体が禁忌に指定されており、またそれ以前にナンセンスである。


「―――剣精顕現、天叢雲剣。」


「―――権能並列接続、並行世界論(シュレーディンガー)起動。」


 両者の全力が解放される。その瞬間に世界が大きく鳴動した。


 それは歴戦の戦士である二人が発動直前まで組み立てた必殺技を失敗(ファンブル)するほどの異常事態だった。まさしく世界が壊れる気配がした。


「これはッ!?一体何が!?」


「……神性結界の拡張。結界魔法の超上位版。それの衝突による世界崩壊の衝撃波。あまりに高度すぎて誰も気づけないだろうけど。」


「これが……。でも一体誰が?」


「一つはリヴァイアサン。3つの権能の気配がした。今それだけの権能を使えるのは私意外だとリヴァイアサンだけ。もう一つは……多分ニア。」


「ッ!?」


 カレンが飛び立とうとした時、彼女の背中に触れる小さい何かがあった。


「ダメ。どうしても行くならあなたを並行世界の果てに閉じ込める。帰ってこれるかもわからない、できてもどれだけ時間がかかるかもわからない。そんな僻地に。」


 カレンを中心に複雑な魔法陣が起動しており、その範囲内にカレンを捕えていた。


「なんで邪魔するのよ!?今ここであんたの妹が死んでもいいわけ!?」


「……一人で生き抜かねば、いずれ死ぬ。なら結果は同じ。」


「ッ!分かったわよ!……夢双、風切嵐爆!」


 斬撃を発動する直前、サーシャは不自然にカレンの姿を見失った。そして再度視界に彼女を収めた時、カレンの攻撃は既に終わっていた。


 クラスター爆弾のように爆発と同時に全方位に大小様々な斬撃が放たれる。それを前にしてサーシャの体は再度硬直してしまった。


 1秒に満たない時間であったが、それだけあればカレンの移動には十分であった。


「しくった。そうだった。外付けのスキルを忘れてた。これまでの剣神には無かったはずなんだけど。……いや、でも初代はもっていた。……そっか。やっぱりとうとうなんだ。」


 カレンが行った先に視線を送りながらサーシャは自分で何かを確かめるように呟いた。


「何を言ってるのかしら?まあ彼女の後を追わないというなら私の仕事もないしいいんだけどね。」


 サーシャの前に降り立つ影が一つ。また一つ戦いが終わり、始まろうとしていた。

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