孤軍奮闘
「クソッ!……おい、お前ら大丈夫か?まだ生きてるよな?」
セロの息も絶え絶えな声が街に木霊する。その周囲にはついさっきまで一緒に戦っていたはずの冒険者が倒れている。半分はほとんど無傷で倒れているために眠っているように見えるが、もう半分は体中に傷があり満身創痍であることが見て取れる。
そんな彼らを囲うように10体近くのオーガもどきと大量の魔物が陣取っていて、それらの接近を防ぐようにセロは結界魔法を展開している。
展開した結界魔法は深夏に迫る嵐と秋空染める雷の二種類である。一つ目の結界魔法は接近を防ぐように周囲に向かって強風を放ちその場に止め、二つ目の結界魔法で自動的に雷で迎撃する。
完全な防衛陣形であるが、その分デメリットは存在する。二つの結界魔法を同時に発動している以上、セロはその場から動くことができず、そして当然ながら範囲も狭くその消耗は早い。
少しづつ足音を立てながら近づいてくる限界の存在に気づきながらもセロはあきらめることができなかった。長寿ゆえに個体数が少ないエルフ族の中で同族殺しは禁忌であるが、周囲に倒れている冒険者は人間だ。そもそもとして負けが恥ではない普通のエルフであれば見捨てて逃げるところであろう。
だが、セロにとっては大切な仲間だった。特に傷だらけになって倒れている冒険者は普段からパーティーを組んでいるパーティーメンバーなのだ。エルフだからと特別扱いすることなく対等な立場に立ってくれた数少ない人間なのだ。見捨てることなどできるはずがなかった。
「我ながらバカみたいだ。俺は誇り高いエルフの時期里長だぞ。そう遠くないうちに精霊王様とも謁見できるくらいの血筋と実力があるんだぜ。
なのになんでこんなところで死にかけてるんだよ。……まったく、お前らのせいだぞ?責任取れよな。」
最初は10人規模でパーティーを組み行動をしていた彼らであるが、調子がよかったのは最初だけである。突然オーガもどきら魔物と狂乱化した冒険者に襲われたことで散り散りになってしまったのだ。それほどまでに敵が多く、かつ異質であった。元々パーティーを組んでいた彼ら5人はすぐに集結することができたが、それ以外のメンバーはもうどこにいるか、生きているかさえわからない。
「お前ら大丈夫か!?」
「ああ!だが、時間の問題だぞ!俺たちもお前の結界魔法がなければとっくにあっちの仲間入りだ!」
「それにあのオーガもどきもよ!普通のオーガの方がはるかにまし!」
「あれがこの街の住人っていうのは本当なのかよ!?あまりにも人外すぎるだろ!」
「だが見たことがある顔が何人かいやがるぞ!しかも冒険者ギルドでだ!手段は分からんが操られてるのは間違いない!」
中でも最大の脅威であるオーガもどきの正体が、この街に住む巨人の成れの果てであることに気づいてしまった。確かによく見ればオーガとしては少し背が高く、体格は少し小さい。
仲間のはずの冒険者が敵意どころか殺意までも込めて攻撃を仕掛けてきていることを考えれば、それ以外の敵も操られていると考えるのが自然であろう。
そして敵はそれだけではない。下級とはいえ、魔物も絶えず押し寄せてきている。
常にメンバー同士でカバーをし合って凌いでいたが、それでもジリ貧であった。領主館に撤退しようにもその方向にはオーガもどきが立っているし、そもそもこれを引きつけたまま帰還などできない。
「……仕方ないか。おい、セロ!結界魔法の準備だ!」
「は!?こんなところでか!?」
「そうだ!帰ることなんかできないだろ?それにどうせお前は一人で逃げろって言っても聞かないし。なら、あっちの戦いが終わって助けが来るのを待った方がまだ可能性があるってもんだ。」
「確かに、そうかもしれないが……!」
「ならすぐやるんだ!安心しろ、お前一人が抜けても死にはせん!
それに見てろよ!あの操られてるのもおまけで回収しといてやるからよ!」
「……チッ!ああ、分かったよ!とっておきのをやってやんよ!だから、完成するまで死ぬんじゃねえぞ!」
「当然だ!俺たちはAランクなんだぞ!」
結果として彼らはやり遂げた。セロの結界魔法の効果範囲である周囲30メートル内に冒険者のみを招き入れ、意識を落とす。そして範囲内に近づこうとする魔物を撃退し、オーガもどきを押し返した。
そしてセロの結界魔法が発動した今、結界内にいる人間を傷つけられる魔物はここには存在しない。そのため、この戦場でもまた耐久戦の様相を呈することになってしまった。
全てはカレンがどれだけ早く男から魔道具を奪い、破壊できるかにかかっている。ティターニアとアーサーの奮戦も、セロの命懸けの耐久戦も。
だが、もし―――
「そこの冒険者。生きたければもっと結界の強度をあげなさい。でないと巻き込まれるわよ。」
現状を覆せるだけの能力を持つイレギュラーが現れたのであればその限りではないであろう。




