街中決戦 その10
「……それで、まだやるの?そろそろ殺すしかなくなってきちゃうんだけど。」
「はぁ、はぁ……。うるせぇ。言ったはずだ、俺様は将兵だと。命に替えても任務は果たすんだよ。」
場所は変わって領都南部の街中。戦闘の跡が色濃く残る中、両者は対峙していた。
カレンが傷一つなく悠然と佇んでいる一方で、男は致命傷には至らない程度の軽い傷を体中に受けていた。
「クックック、俺様は知ってるんだぜ?お前が俺様を殺せないことはもちろん、リヴァイアサンがどの段階で契約を受諾するのかを探りながら戦っているってこともな。そのせいで満足に戦えてねぇだろ?何が原因で起こるかわからねぇもんなあ?」
「だったら何?もしものことがあれば躊躇いなくあなたを殺すわよ。」
「それができねぇって話をしたつもりなんだがな。俺様を殺せばこの街は廃墟になることになるんだぜ?」
「分かってないわね。それならそれでいいって言ってるのよ。それは私にとっての最悪じゃないし。」
音もなく近づいたカレンの刀が男に襲いかかる。間一髪で反応できた男であったが、避け切ることは叶わず肩口に小さく裂傷を負った。
咄嗟に反撃に出ようとした男であるが、何度もそれに失敗していることを思い出したのか、大きく距離をとった。
「……じゃあ、お前にとっての最悪は何なんだ?この街が破壊されることよりも悪いことがあるんだろう?」
「聞いたらなんでも教えてくれると思ってるの?そんななりをしてるくせに随分育ちがいいのね。」
「クックック。別に答える必要はない。考えれば分かるからな。」
余裕そうな笑みを浮かべた男は廃墟と化した民家の中にあった椅子に腰をかけた。
その堂々とした立ち振る舞いは不利な立場にいるはずなのにそれを物ともしていないようだ。
「知ってるか?なんでも隔世スキルの持ち主は歴代似たような考え方をしているそうだ。」
「そうかもしれないわね。強くなる人間は似通っているところが多いでしょうし。」
「そういうことではないんだよな。
お前も知ってるだろうが、かつて神話の中で剣神はその使命を果たすことができなかった。その前の戦いで再起不能なほどの大怪我を受けたからだ。
代わりに始祖の吸血鬼を初めとした神像兵器によって穴埋めをされたそうだ。」
「そうよ。内容に間違いはない。
ただ、言葉には気をつけなさい。あんたがしてるのはただの墓荒らし。少しでもご先祖様を侮辱したと私が感じたならば、その時がお前の最期よ。」
「心外だな。剣神が英雄なのはお前にとってだけじゃない。敬意を持ちこそすれ、侮蔑などするわけがない。
話を戻すぞ。剣神が戦えなくなってからその穴を埋めるように皆が力を振り絞ったが、中でもある一人の神像兵器はそれが顕著だったという。
剣神自身の手記からもわかるが、彼はその神像兵器に心の底から感謝し、全ての信頼を置いていたそうだ。」
「はぁ。そんな少し調べれば分かることを得意げに言われてもね。」
「それなんだろ?お前達歴代の剣神がこの街に引きこもって存在を隠してまで守ろうとしているものは。」
「……。」
「リヴァイアサンもそうだが、神話の戦いの後全ての神像兵器は活動すらままならない程消耗し、どこかに姿を隠したとされている。剣神にとっての恩人が休む場所がこの街だった。
どうだ?あっているか?」
「どうかしらね。たとえそれが本当だったとしても答える理由はないわよ。」
「クックック。全くもってその通りだ。
だがなぁ、気づいているか?あの魔法使いの女の空間魔法が解けているぞ。」
男に言われてカレンは初めてそれに気づいた。だが、カレンが気づかなかったのも無理はない。ヨミが施した空間魔法は男の深淵を中和し、その効果が魔物の対処をしている冒険者に及ばないようにするためのものであった。
だが、カレンはヨミの手を借りずとも男の深淵を無効化することができているのだ。あってもなくても変わらないものが無くなっても気づかないのは至極真っ当な話であろう。
「確かにそうね。でもそもそもあの範囲で結界魔法を維持し続けること自体が無理な話。きっとどこかで休んでるんでしょう。」
「そこじゃねぇよ。
よく考えてみろ。今ここら一帯は俺様の深淵の効果範囲内だ。
そしてその中に誰がいると思う?」
「今この街には私達以外誰も……。」
いや、いる。
当初の計画では住人も冒険者も領主館に避難しているはずだったが、今は違う。街には男の策略により魔物が溢れ、街を蹂躙している。
それを防ぐために精霊騎士や冒険者が領主館から出て魔物と戦っているのだ。
「……あんた、それが狙いだったってわけね。」
「クックック。
そろそろじゃないか、俺様の深淵が冒険者たちを支配するのはなぁ?」
男のつぶやきと共に、魔物と聞き違いしてしまいそうになるほどの野性味あふれる絶叫が街のいたるところから上がった。




