領主館にて
領主館の中には南部に住む住人が避難しており、その館の外の敷地の中には冒険者と精霊騎士たちが備えている。相手がリヴァイアサンであることをこの街の住人は全員知っている。そのために、彼らの備えが意味を為すかどうかは本人も含め、分からないのである。しかし、それでも備えずにはいられなかった。
「この街は大丈夫か!?リヴァイアサンが来てるんだろ?あんなのに勝てんのか?」
「知らねえよ!でも俺たちじゃ何も出来ねえだろ!」
「あの巨体……。何ができるかなんて、検討もつかない。」
「でもSランクが二人もいるんだろ!?なら、どうにかしてくれるんじゃねえのか!?」
「Sランク二人って、……本当なのかよ。5人しかいないんだろ?」
「領主様だけじゃなくて、勇者様も来てるらしい。」
「勇者だと?王国の秘密兵器じゃねえか。なんでこんなところにそんなのがいるんだ?」
「そんなことは今はどうでもいいだろ。リヴァイアサンに対抗できるような人間がいるってだけで。」
「それに噂によれば勇者の従者とか言うのも来てるらしいぞ。そいつもとんでもない実力者らしい。」
「マジかよ!まだまだ捨てたもんじゃねえな。」
ああだこうだと無駄口を叩く彼らの体はほぼ例外なく小さく震えていた。地震や噴火等、未曽有の天災を前に只人にできることはただ震えてそれが過ぎ去るのを待つしかないのと同じように、海神の襲来に対してもただ震えていることしかできないのだ。
だがそれでも彼らの心が折れておらず、あるかどうかすらわからないもしもの時に備えようとしているのは彼らの中に確実な希望の光があったからだろう。
精霊王と名高いこの街の領主、この街を長年守り続けた精霊騎士、そしてそれに加えて勇者までいる。もしかしたら彼らならどうにかできるかもしれないと思わせてしまうほどの強い光を彼らは放っているのだ。
「……セロ。こんなに騒がせておいていいの?あたしらって一応この場のリーダーなんじゃないの?」
「イチゴか……。構うものか。それに今際の際だぞ、騒いでないとやってられないだろ。俺たちには何もできないのにな。」
「……そりゃ仕方ないでしょ。海神リヴァイアサンってのが何なのかあたしらエルフにはわからないけど、たぶん世界樹のようなもののはず。そんなものが牙をむいてきたって言ったらあの長老共も泡食って倒れるっしょ。」
「かもな。だが、問題は海神だけじゃない。あの男もだ。」
セロの脳裏に浮かんだのは一人の男の姿だ。1対8という圧倒的不利な状況であった上でこちらの攻撃をさばききり反撃をしてきた。しかも途中まで本気を出さずに。
「あーね。あたしら8人を相手取った上にその後すぐに勇者と戦ってたもんね。さすがに勇者には勝てなかったみたいだけど、それでもAランクよりははるかに強い。誰があれの相手してるんだろ?」
「……知るか。俺たちに出された命令はただ一つ。住人を守り切れってな。」
それ以外のことはするな、とでも言われているようだとセロは続けた。
「なに、あれとまだ戦いたいの?勝てないんだから諦めればいいじゃん。どうせいつかは勝てるようになるんだし。」
長寿種であるエルフは単純に寿命が長いというだけで成長の幅が人に比べて大きい。その上基礎能力は人に比べて軒並み高い。魔法も弓も、剣だって使おうと思えばそこら辺の冒険者よりは使えるだろう。そのため強さに執着しているものはあまりおらず、負けてもいつかは勝てるようになるというのほほんとした考えを持つものが多かった。
「いつか、じゃダメなんだよ。俺はすぐに里長として認められるくらいの力が、実績が欲しいんだ。じゃねえと、手遅れになっちまう。」
「あー。精霊王様と契約したいんだっけ?でもそんな焦んなくてもいいじゃん。」
Sランク冒険者の称号ではない、精霊の王という存在。炎のサラマンダー、風のシルフ、水のウンディーネ、そして光のオベロン。彼らはそれぞれの属性の精霊を束ねる王として君臨している。その力は圧倒的であり、Sランク冒険者である初代精霊王はかれら精霊王と契約し神と戦ったと言われている。
「ふざけるな!次の謁見を逃せばまた100年待つことになるんだぞ!そんなに待っていられるか!」
「ふーん。まあ、いいんだけどさ。あたしらは次の里帰りで契約するからね。Aランクになったんだし許可も出るでしょ。」
「勝手にすればいいだろ。俺は精霊王様と謁見ができる自信がつくまでは帰るつもりはない。」
「そ。ならこの戦いで頑張れば?」
「そんな機会があればな。俺たちなんかじゃ歯が立たないような化け物が味方にもいる。俺たちにできるようなことはねえよ。」
「どうだろうね。いくら強いとはいえ、リヴァイアサン以外の切り札を用意せずに仕掛けてくるとは思えないけど。」
あくまで推測だけど、不貞腐れたセロにイチゴは続けた。




