街中決戦 その5
「魔力完全支配、空間掌握。」
直後、ヨミを中心とした魔力の渦が急拡大し、男の邪悪なオーラの範囲を超えて街を覆った。それは純粋な魔力量、そして卓越した操作技術を示していた。
「……これほどとはな。魔力量だけならアイツと同等か。とうとう本気で来るってことか。」
冷ました顔をしたヨミを見ながら男は呟いた。経験上、魔力量と魔法使い自身の強さは比例しないが、それでもこれだけの魔力をあの年齢で完全に支配し切っているというのは目を見張るものがある。
「……。」
二人は互いの出方に注視するのみで言葉一つ発さない。そのため、一時街は台風一過のように魔物の絶叫と建物が崩れる音が占めることとなった。
ーーー一体どう出る?これだけの隠していた魔力を出したっていうことは切り札を切るっていうことだ。しかも最後なんて言っていた?空間掌握って言ってたなかったか?つまりはあいつは無属性のなかでも希少の空間属性を持ってるってか?
……やばいな。全く底が見えない以上、無闇に手を出すわけにもいかねぇ。近づいたら終わり系の可能性もある。
普通の相手であれば企みなどその膂力でたたき伏せるだけであるが、男の直感がそれを否定していた。曰く、コイツは只者ではないと。警戒に値する強者であると。
ーーー魔力を完全に無駄なく使いこなせる支配ができている以上現実的ではねぇが、魔力切れを狙うか。これだけの魔力を出さねぇとできないってことはそういうことだろ。
男がそう決め、防御にいつでも移れるように小さく体勢を整える。たとえどんな一撃であろうとも、その攻撃を受け切ってみせると言わんばかりに。
ーーー落ち着くんです、私。魔力の支配なんて一回できたじゃないですか。それを繰り返すだけッ、なんですよ。そう、しっかり集中して、イメージするんです。でないとッ、……私がこの街を壊すことになってしまいます!!
その時ヨミは冷ました顔とは裏腹にめちゃくちゃに焦り散らかしていた。
魔力の支配自体は完璧に近い形でできていた。ロスはほとんどなく全ての魔力を使える状態には既になっている。だが、彼女の根底にある苦手意識がそれを阻害していた。
たが、おや?と。ヨミは違和感に気づいた。その正体は魔力の静かなだった。激流にも似た暴れんばかりの奔流ではないのだ。そして確信に至る。全く魔力が乱れておらず、自分の手中にすべてが収まっているのだと。
この間は数秒のことであったが、その無防備な数秒は男の盛大な勘違いに守られる形となった。もっとも二人は知る由もないことではあるのだが。結果としてヨミは魔力の完全支配を成し遂げ、そこから空間の感知へとステージを上げることができた。そして街の現状を魔力を通した間接的な感知ではなく、空間そのものからの直接的な感知によってより明確に把握することができた。
―――こんなに大量の魔物が。……本当にスタンピード並ですね。ただボスモンスターのようなものが6体ほどいますね。……これも複数個のダンジョンコアを使われたせいですか。
さすがにこれ以上暴れられると困るのであの男と一緒に止まっておいてもらいます。
「……座標固定。」
上空から透明なピックのようなものが大量に降ってきた。ヨミの目が届かないところでそのピックに突き刺された魔物はその場で動きを止め、身動きが取れなくなった。空中にいるときにその攻撃を食らった魔物も空中で不自然に動きを止めている。
だが、ボスモンスターをはじめとした上位の魔物は危機感知の能力が備わっているのだろう、回避に成功している。そしてそれは目の前の男を同じであった。ヨミの攻撃が触れるよりも前にそこから大きく飛びのき、警戒感を増した視線をヨミに向けている。
ヨミは見逃さなかった。その時に男の左腰のポーチの中に古代魔道具、神封の呪杖がしまわれていることを。
―――ようやく見つけました。随分慌てていたようですから注意が逸れたのでしょう。あれさえ壊せば私の勝ちです。……ですが、もうこの場から動けなさそうなんですよね。
空間魔法、座標固定。それは世界に存在するものの座標を固定することができる魔法である。座標を固定されたものは動くことも動かすこともできない。だが存在の場所が固定されるのみであるため、攻撃はしっかり受けるのだ。つまり、この攻撃を受けたものは防御することも逃げることもできなくなるのだ。
だが、当然デメリットはある。空間魔法全般に言えることであるが、そのすべてが5属性の魔法よりも数倍難しい。相応の魔力量は当然として、魔力を完全に支配する技術、支配した魔力を媒介に空間にまで干渉するセンスが求められる。一度使うだけで疲労困憊となり動けなくなるだろう。元来が中範囲を想定して作られた魔法であるが、今ヨミは街の南部全体という広範囲を対象に魔法を発動させている。通常以上の負荷が彼女にかかっているのだ。……その膝をつく余裕すら奪い取ってしまうほどに。
それでもヨミは止まらない。男に視線を向けると、それだけで魔法を発動させた。
得体のしれない恐怖を感じた男はその直感を信じ、またその場から大きく離れた。その離れた先からさっきまでたっていた場所を見たがそこが不自然に歪んでいることに気づいた。まるでそこだけが光がねじ曲がってしまっているかのように。
―――空間を、捻じ曲げた、のか……!?そこに立っていたら俺様は……!楽しくはなってきたが、今ここでこれ以上楽しむわけにはいかねぇ。任務に関わっちまう。ここはまずいと思うべきだ。とにかく空間に対して攻撃をされる以上、回避以外の防御手段はねぇと思った方がいいな。常に感度を上げてけ、少しの違和感も見逃すな。少しでも仕損じたら死ぬと思え!
「……ああ、逃げたんですか。街中でなければ、空間ごと斬っていたんですけど、ね。」
ヨミからしたらいまだかつてないほどの強がりとはったりであった。彼女はまだ一人で空間を斬ることなどできないのだから。だが内容はもちろん、余裕が失われているがゆえの無感情で平坦な声と視線は彼女の予想以上の効果を男の内心にもたらしているのだ。




